「未来からきた初めての音」が名前の由来というバーチャルアイドルは,歌詞とメロディをパソコンに入力すると,合成音声で歌ってくれる。国内のみならず海外でもライブコンサートが開催され,大勢のファンの心を揺さぶる。この大ブレイクを巻き起こした音声合成ソフトウェア「初音ミク」の生みの親,クリプトン・フューチャー・メディア株式会社(本社・北海道札幌市中央区)代表取締役の伊藤博之氏が京都情報大学院大学の教授に就任した。コンピュータと音の接点としたソフトウェアを開発し続ける伊藤氏は,将来のIT業界を担おうとする若者に対し「まだ道半ばと言える〝情報革命〞のフロンティアの領域は限りなく大きく,学生たちの前途は限りなく広がっています。それを十分に意識しながら,勉学に勤しんでいただきたい」とメッセージを送る。伊藤氏に話を伺った。
当社はゲームやアニメの会社ではありません。音楽を手掛けてはいますが,レコード会社とも違います。趣味のコンピュータミュージックをビジネスにしたわけで,自分では〝音屋〞だと思っています。「初音ミク」は2007年8月に発売しましたが,それは人がクリエイティブな活動に取り組む機会を与えられたのではないかと考えています。
人類は過去に三つの革命を経験してきたと言われています。第一の革命は,農業革命。狩猟に頼って移動を余儀なくされてきた人類は,この革命により食料を計画的に生産し,蓄えもできるようになったため,特定の地に住み始めました。それにより社会が,国家が形成され,一方で貧富の差も生まれました。経済の発達とともに,戦争を招く要因になったと言えます。
第二の革命は産業革命です。新しい動力が発明されて,同じものを効率的に作るというイノベーションが進むことにより,大量生産・大量消費が可能になりました。交易・貿易に拍車がかかり,広域的に富をもたらすことにもつながりました。また,この革命は,〝人口爆発〞をも引き起こしました。産業革命以前は,〝多産多死〞の時代で人口はほぼ一定であり,社会における富の変動も少なかったのですが,産業革命を契機に,加速度的に人口が増えていきました。
そして三番目の革命は,インターネットに代表されるITの進化がもたらした情報革命です。インターネット以前,情報発信者は限定的で独占的でした。発信者とは新聞社やテレビ・ラジオ局,出版社といったメディアがそれに当たりますが,これらが情報を発信する際には,設備や人力といった大きなコストを伴う。さらにこのころの情報は量的にも少なく,しかも一方通行でした。しかしインターネットの出現によりこの革命がもたらされました。情報発信の方法が大きく変わりました。
現在,インターネットツールはごくごく身近なもので,手元にあり,机の上にあり,ポケットに入ります。ニュースや映画,音楽など,デジタル化できる情報はことごとくデータ化され,インターネットを通じて容易に送信や,蓄積ができます。自分の好きな映像・放送メディアを瞬時に呼び出して確認できるなど,生活や仕事を大変便利に楽しく快適にしました。また,その情報には,自分のちょっとしたニュースなども含まれ,FacebookやTwitter,ブログなどにより自分のことがだれでも簡単に,瞬時に,世界へ発信できるようになりました。
しかし,この情報革命による変化は,まだまだ序章にすぎないと思っています。農業・産業革命は,人類の生活に重大な変化をもたらしました。情報革命がもたらす変化は,実はまだそれほどのレベルには達していません。過渡期にすぎず,これからが本格的な変化の始まりでしょう。20〜30年後には,人の生活,世界をドラスティックに変えているでしょう。ただ,それがどのような変化なのかは分かりません。どのように変化させるかは,我々や,それ以上に次代を担う若者の手にゆだねられています。(談)
KCGIとKCGでは相互の授業の交流があり,お互いの授業を聴講できる仕組みがある。KCGIに設置されているコンテンツビジネスコースや,KCGコンピュータサイエンス学系の情報処理科IT声優コースなどでも,伊藤教授から今後,さまざまなことを学ぶ機会があるだろう。
京都情報大学院大学(KCGI)教授で,「初音ミク」の生みの親のクリプトン・フューチャー・メディア株式会社(本社・北海道札幌市)社長伊藤博之氏に,2013年秋の藍綬褒章が贈られた。KCGIのみならず,京都コンピュータ学院(KCG)でも学生たちに向け講義を担当する伊藤教授の受章は,KCGグループにとっても大変名誉なこと。バーチャルアイドル「初音ミク」は,日本文化を海外に発信する「クールジャパン」の象徴的な存在と言え,これらの貢献が政府に評価された。
藍綬褒章(らんじゅほうしょう)
褒章の一種で,教育や産業振興などの分野において,多年の努力により公衆の利益に貢献した人に授与される栄典。天皇陛下の名において,徽章とともに授与される。毎年,春と秋の2回,内閣府が授章者を決める。