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王 川 北京青青樹動漫科技有限公司会長講演

中国アニメ・王 川 監督(北京青青樹動漫科技有限公司会長)講演

経済大国中国のアニメ戦略

~中国はアニメでも日本を越えるのか

中国の大ヒットアニメ「魁拔」を手がけた王 川監督(北京青青樹動漫科技有限公司会長)が2011年10月2日, KCG京都駅前校で開かれた「第23回CGアニカップ」(KCGや京都市などでつくる実行委員会主催)にゲスト・審査員として来日,アニカップ終了後に「経済大国中国のアニメ戦略 ~中国はアニメでも日本を越えるのか」と題し講演した。

その講演要旨を誌面で紹介する。

私は日本に来るのが初めてどころか,そもそも中国を出たのも初めて。素晴らしい美しい京都,そして日本人の温かいおもてなしが私を迎えてくれた。今回,CGアニカップでさまざまな作品を見たが,非常にレベルが高い。世界のあらゆるイベントの中でもトップクラスだろう。CGアニメの先進地・日本で,作品が見られ,さらに講演ができる機会が得られ,光栄に思う。

中国は果たして経済大国なのだろうか。中国内でもいろいろな意見がある。私の住む北京でもGDPがすべてではない,という話になっている。これまでのマクロ的なGDPアップ一辺倒から脱却し,より高い次元の発展を目指す動きが出てきている。全体のGDPの規模ではなく,一人あたりのGDPが重要な要素で,それが向上すれば,文化産業においても質的な意義がもたらされる。私はマルクス主義に基づく教育を受けた世代。マルクス主義はモノが経済を決めていくという考え方。だから,物質的に恵まれるようになれば,文化的な対応も豊富に変わってくる。たとえば北欧は全体のGDPの規模こそ大きくはないが,文化的なコンテンツ産業は非常に進んでいる。北欧で製作された,利用者が3億人を超える有名な携帯ゲームもある。

それではなぜ現在,中国ではクリエイティブ産業を推進しようとしているのか。中国は知的財産権を持つということが,発展の上でいかに重要であるかを認識し始めたからだ。たとえば加工・貿易に頼った知的財産権を持たない産業だけでは,発展を維持していくのが難しい。中国は改革・開放政策を始めて30年余り経つ。そのため東部の沿岸地域では工業化の蓄積が進み,国際社会に引けを取らない生活レベルを実現させている。特に1980年代以降に生まれた若者は物質的に恵まれた生活を送っている。彼らは中国では初めての「現代っ子」と呼ばれている。ただしこの中にも多くの困難がある。ひとつは,中国が工業化に舵を切ってからまだ日が浅いということ。欧州では18世紀から工業化が始まっている。日本でも19世紀には既に産業革命が起こった。中国は20世紀になってようやく工業化に向かおうとしたが,その後に戦争が起きた。本格化したのは1980年ごろになって国内情勢が安定したころだが,そのころ国際社会は工業化を終えてしまっている。中国は取り残された形となった。工業化が遅れたことで,技術の蓄積が遅れたばかりか,意識の面でも遅れをとってしまった。

「魁拔」の一場面












日本の方々にはなかなか理解しづらいところもあると思うので,香港を例にとって話そうと思う。香港にはノーベル賞受賞者がいる。光工学・繊維素材の技術を開発された方で,現在その技術は世界的に普及し,経済的にも効果を上げている。この特許は公開されたというのに,中国はこれに対し資本投下をしなかった。大きなビジネスチャンスを逸したわけだ。これも中国の工業化の遅れが招いてしまったものだろう。

現在,中国政府は意識を変え,文化産業を育成しようという方針を打ち出している。しかしながらアニメ産業などは,政府自らが引っ張っていくことはできない。たとえばハイハイしている子どもが歩くことを覚える際,親は障害物を取り除いたり,転びそうになったら助けてあげたりすることはできるが,やはり立って歩くには子どもがいかに努力するかにかかっている。子どもが自分でいかに成長するか,ということだ。ここに「中国はアニメでも日本を越えるのか」との問いに対する答えが明らかになる。日本と中国では蓄積の違いがあまりにも大きい。そのため,中国が日本に追いつき,追い越そうとするには膨大な時間がかかることになる。日本のアニメ産業の発展が完全にストップするのなら話が別だが,日本が発展を続ける一方,私たち中国にはまだまだしなければならないことが山ほどある。

アメリカのアニメ業界を見ると,30年ごとに黄金期を迎えている。1910年ごろにアニメが普及し始め,1940年,1980年,それに3D技術が脚光を浴びている現在だ。一方,日本は非常に良い時期を迎えていると思う。中国では20年後,つまりアニメを見て育った1980年代以降生まれの人たちが業界で活躍するようになるころ,どうなるのだろうか。日本のアニメ作品の優れた点をどう発掘していくかが,中国アニメの将来を左右するだろう。日本のアニメの作品は「もののあわれ」など優れた伝統文化を反映し優秀だ。これは他の国ではマネのできないところ。成長させるためには文化的なバックグラウンド,根を張るための土壌が必要ということだ。

本日の講演には「中国はアニメでも日本を越えるのか」というサブタイトルがつけられている。日本と中国の経済状況の違いから,日本の方々が何らかのプレッシャーを感じてつけられたのだと思うが,このようなプレッシャーはアニメ産業では当てはまらない。日本のアニメ産業は悲観する必要は全くない。誇りをもっていただきたい。

中国が日本に追いつき,追い越すのは大変難しい。しかし中国にとってそれが大きな目的ではない。私たちの目的は,まず中国の人々にアニメを体験してもらうということだ。私は若いころ非常に貧しかった。唯一の娯楽は映画。友人と泣き,笑い合ったことが青春のよい思い出。映画は私に幸せをもたらしてくれた。人々の生活空間をより広げ,現実の生活,人生を体感することができる。私がアニメの仕事をするのは,このような幸せを与え続けていきたいから。私の作品を見て感想を語り合ってもらいたい。登場人物の性格について,あるいは世界観について討論してほしい。そのような場を設けることができれば,鑑賞者・若者たちの交流が広がっていく。私はそのようなことを夢みながら,モノづくりの楽しさを感じ取っている。

私どもの会社には150人ほどの従業員がいる。そのほとんどは1980年以降生まれの若者たち。若者は制作を通じ,「魁拔」の登場人物と同じようにさまざまな困難を乗り越えながら「仕事」というものを覚え,人生における「宝」を手にしていく。

「魁拔」の収録作業をすべて終え,コンピュータの電源をオフにした後,非常に静かな時間が流れた。徹夜作業は3~4ヵ月に及んだが,終了後は,これからいったい何をしていいのか分からなくなった。このとき従業員にある質問をぶつけた。仮定の話ではあるが「もし電気がなくなり,貧困な生活を続けなければならないことになったら,耐えられるか」と。するとみな「大丈夫だ」と答えた。非常に厳しい作業を体験し,「困難とは克服できるもの」と知ったからだと思った。試写会のとき,観客のみなさんが笑い,泣き,拍手を送ってくれた。それを見た従業員たちは,あらためて自分たちの仕事の意義を感じ取った。その後従業員はモチベーションが上がり,それまで以上に仕事に熱が入った。「人生の中でやるべきもの」を見いだしたようだった。

日本の歴史上の人物・西郷隆盛は「正しい道を歩もうとすると,必ずそこには困難がつきまとう」という言葉を残したと聞く。私たちは,みなさんに褒められれば誇りに思う,一方でブーイングを受けたときには恥ずかしく思う。ただ,努力を続けてより優れた技術,表現を追い求めながら成し遂げたときには必ず良い評価が付いてくると信じている。

中国には技術的な問題はあるものの,歴史や伝統はしっかりある。日本の「もののあわれ」に近い精神も存在する。たとえば非常に勤勉だったとされる孔子は,進歩を否定したと言われている。進歩をしようとすると競争,争いを招き,そこに犠牲者が発生するというのだ。孔子の考え方は非常に平和的といえる。しかし,現実には競争,争いは避けられない。たとえば春秋時代。激しい戦いが繰り広げられたが,この中で恨み,辛みというものは排除された。戦いというものは正々堂々とするもの,自分の責務を果たすためにやるもので,恨み,辛みは関係しないという考え方だ。三国志の中にも同じようなエピソードがある。関羽は,誰かを処刑する際に,執行者が大きな声で「殺せ」と叫んだところ,「そのようなことは大きな声を出して言うことではない」とたしなめたという。これらのエピソードは,すべて孔子の「美徳の観念」から生まれたものだと思う。

中国は広い国土と膨大な人口を有している。これらを一手に運営していくのは非常に難しいだろう。よりよきマネージャーを選抜し,運営していくことが最大の課題だ。中国人は世界で一番テストが得意な民族だろう。マネージャーを選抜する試験「科挙」は何千年も続いてきた。他の国でこれほど長く続いているテストはないだろう。ただ,このテストは機能的な思考力を試されるが,「テスト適用型人間」は実際の応用とかい離してしまう。このことが,アニメなど文化的産業の発展に立ちはだかっているといえるのではないだろうか。

「魁拔」はまさに技術の蓄積にチャレンジし成し遂げた作品だと自負している。私の会社は2004年,従業員を対象にした研修を実施。技術面を重視し,作業の正確性を追い求める訓練を続けた。完ぺきを求め続けたのだ。

2008年に開催されたフィギュアスケートの世界大会で中国選手が優勝した。その時の監督のコメントが非常に心に残っている。「18年前,私(監督)が選手だったころ,演技をしたら中国に恥をかかせることになってしまうと思い,リンクに出るのをためらった。それほどレベルが低かったのだ。だから私は指導者となり,同じレベルで戦えるような選手を育てたいと心に誓った」と言うのだ。今の中国のアニメ産業の状況に似ている。体力,精神,それに資金も大量に投じていかなければならない。日本の関係者に話したら,「その辺は日本に任せなさい。将来,ともに発展する日中のウィン・ウィンの関係を築きたい。日本の作品を中国に持ち込み売り込もうと考えているのではない」と言われた。そして「あなた(王氏)が今,頑張らなければ存在価値がない」とも。その言葉に励まされ,私は努力できる。そしてその励ましにより,私が海外と協力していく姿勢を貫こうとしている。

私の会社では制作の過程を細かく分類している。企画,制作,演出,監督,製品化など。このように作業をブロック化しておくと,海外など他の会社と協力しやすい。中国のアニメ産業と提携し協力しようとしても,なかなかやりづらいことも多いだろうが,作品をよりグレードアップさせるために,お互い得意なところを発揮していけるような関係を築いていきたい。良い作品を作り,人々に素晴らしい体験をもたらしたいから。

~質疑応答より

〈著作権について〉

中国は著作権,いわゆる知的財産権の面で整備が遅れていることは否定できない。アニメ産業の発展の最大の障害ともいえる。映画・アニメの海賊盤の横行は,中国国内の制作者も頭を痛めているところだ。この問題の解決は急がれるが,なかなか難しい面が残されていると思う。

〈政府の取り締まりについて〉

私は1992年からアニメ作品を世に出しているが,政府から検閲,修正の要求などを受けたことは一度もない。アニメの場合は政府というよりも,保護者がどう感じるかということによる。たとえば恋愛ものなどで教育上よくないのではないかと保護者が感じたときにはそれを政府に伝え,政府から制作者に指導が来るというという流れになる。