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Accumu Vol.6

誰にでも使えるパソコン・BTRON~未来のパソコンのあるべき姿を見る~

京都コンピュータ学院鴨川校情報科学科卒

日本システム技術株式会社学校事務システム開発部

前川 修寛

はじめに

パソコンとは便利な道具である。同時に「パソコンは難しい」とよく言われる。パソコンをよく使う者には実感がわかないかもしれないが,プロやマニアが使うことを前提に考えられた現在のパソコンを初心者が使えるようにするには敷居が高すぎるのである。この問題に対してわが国のTRON(トロン)プロジェクトでは,「誰にでも使えるパソコンを作るべきである」という答を出している。

筆者はTRONプロジェクトに直接関わりはないが,「誰にでも使えるパソコン」のユーザーの一人である。

このTRONプロジェクトとは何なのか,そして,誰にでも使えるパソコンとして考えられたBTRONの特徴を見ていこう。

TRONとは

[写真1]BTRON使用OSを搭載したIBM-PC互換機(松下電器のPRONOTE JET)

TRONはThe Real-time Operating System Nucleusの略称である。

TRONプロジェクトは東京大学の坂村健助教授が提唱する,現在普及しているコンピュータの問題点や使いにくさを解消し,将来広く使われるべきコンピュータのあるべき姿を考え,社会的基盤を含めた土台を設計し直そうという構想である。

このTRONプロジェクトにおいて,研究及び設計された仕様は公開されており,誰もが特許料や著作権料を払うことなく自由に利用できることが保証されている。これによって,すべての企業は公正で自由な競争が可能となる。決して特定の企業や団体に加担して市場を争ったり,市場を独占しようとするものではない。

このプロジェクトは産学共同プロジェクトであり,国家プロジェクトではない。当然,政府からは何の援助も受けていない。

TRONプロジェクトはいくつかのサブプロジェクトで構成されている。コンピュータの仕様であるI/C/B/MTRON,「T-OPEN」と呼ばれるTRON仕様チップ,システムバスの仕様「TOXBUS」がある。そしてTRON電脳ビル等の応用プロジェクトが進行中である。BTRONはパソコンやワークステーションのための全般的な仕様である。

これから取り上げるBTRONは,16ビットパソコン上で動作することを前提として開発されたBTRON1仕様のOSである。この他に32ビット~64ビットのTRON仕様チップ上で動作するBTRON2仕様がある。

5分で動き30分で使えるBTRON

筆者の手元にあるBTRON仕様OSはIBM-PC互換機上で動作するもので,「1B/V1」という商品名でパーソナルメディア株式会社より発売されている。(写真1)

図1はGUI(Graphical User Interface)を使ったOSであり,これまでのパソコンのように導入の際に難解な技術用語やコマンドを覚える必要もなく,複雑な設定も不要である。このOSは5分で動き30分で使えるようになるそうであるが,筆者が導入に要した時間は約30分であった。

このシステムには基本文章エディク(ワープロ),基本図形エディタが付属してくる。これらは一応使えるレベルどころか,組み合わせて使うことで凄い使い方ができる。実際,この記事の構想,執筆,図版はすべて付属ソフトだけで作成している。

使いやすい道具~BTRON~

図

BTRONは他のOSより使いやすい。筆者がBTRONを使って見て感じたことだ。

BTRONを含めたTRONプロジェクトではOSレベルで文章や画像,音声など人間が表現するあらゆる情報のデータ型式が標準化され,TAD(TRON Application Databus)という仕様として公開されている。これによってデータの互換性が保証されている。

BTRONでは各ソフト間で共有可能な文字修飾情報や図形情報等,これだけは実現すべしという高レベルのデータ型式を規定している。各ソフトにおける固有のデータ型式は付箋による情報として扱う。例えば,A社のワープロ独自の文字修飾情報はBTRON標準の基本文章エディタではアプリケーション依存の付箋情報として無視される。

図2はそのイメージ図である。なお,現時点ではBTRON仕様OSで動く他社のワープロがまだ無いので,実際とは異なることを了承されたい。

図3は図形データを文書データに移動している様子を再現したものである。動作としては移動する文章と絵を選択してドラッグ&ドロップするだけである。BTRONではこれをファイルに対しても行える。それもファイル情報を文章に貼りつけられるのである。

BTRONのファイル管理は実身/仮身(じっしん/かしん)モデルという独自の概念を持っている。(図4)

仮身を名札,実身をファイル本体と考える。

図

BTRONでは図5のように名札である仮身をファイル本体である実身の中に貼ることでファイル管理が行える。いわゆるハイパーテキスト機能である。

参照する必要のある本の名前を付箋に書き込んで,「○○を参照せよ」と文書に貼るのと同じ感覚である。違うのは本を探しまわらなくてもいいということだ。

図6はそれを応用して作った個人データベースである。矩形が仮身である。文字が見えにくい仮身は実身を呼び出した仮身である。

これらの仮身をコピーして,あちこちに貼りつけてもその実身の所在は一つである。このため無駄なデータを複製する必要もないし,修正の時はその実身を修正するだけでよい。(もちろん実身を複製することも可能だ。)

従来のOSでは大規模なデータベースでなければ実現できない機能だが,BTRONではOSの標準機能として用意されている。

人に優しいパソコンをめざして

人差し指一本だけでパソコンを使えるだろうか? 残念なことに多くのパソコンでは不可能である。例えば記号の入力には,補助キーと記号キーを同時に押さねばならない。

このような視点から見れば,現在のパソコンの多くは五体そろって何等の不自由も無い人が使うことを暗黙の前提として設計されていることがわかる。

だが,この世には身体にハンディを持つ人々は多い。事故や災害で身体の機能を失った人もいれば,老化のため身体が思うように動かなくなった人もいるのである。人間なら誰でもそうなる可能性はある。

こうした人がパソコンを使うには高価なオプションや専用ソフトを購入しなければならず,周辺機器の設定や相性等の問題がある。よく,パソコンに障害者向けの機能を含むのはコストが掛かるためオプションで購入してもらうのが当然と言う人がいるが,これは障害者が健常者より経済的な負担の大きいオプションを購入しなければならず,健常者でも難しい設定をこなさないと使えないという現状を考えない乱暴な意見である。

パソコンは一部の人しか使えない「王様」であってはならない筈である。

BTRONは誰にでも使えることを前提として,障害を持つ人でも使える機能が用意されている。この機能を「イネーブルウェア」といい,TRONプロジェクトによる造語であり,原語は英語のenable(物事を可能にする)からきている。TRONではイネーブルウェア機能も含めた,人に優しい操作体系を標準化しており,あらゆる家電製品に活用できる仕様が公開されている。(参考文献6)

図

TRONには,次の機能が標準で用意されている。

◇PD属性の調節(図7)

マウスや電子ペン等のポインティングデバイスの属性を好みに応じて調節できる。また,キーボードを使って画面上のポインタを動かせるようにするPDシミュレーション機能も用意されているので,マウスを動かせない人でも指一本でポインタを動かすことが可能である。

◇キーボードの有・無効時間の調節(図8)

キー押下の有効時間,無効時間を設定する事によって,手先が震えたりするような人が他のキーを誤って押さないように設定できる。

◇キーの同時押し許容時間の調節及び補助キーの一時ロック機能

この機能を使えば指一本で記号の入力が可能になる。長時間の補助キーを使った入力でも手が疲れないという利点もある。

◇タイトル等の文字を大きくする機能(図9)

この機能は老眼の人や弱視者にとっては必須の機能であり,モニターに顔を近づけてタイトルの文字を確認する必要がない。

◇ブザーの周波数調整機能(図10)

ある特定の高さの音が聞こえにくい利用者の為に周波数の高低を調節できる。

なお,現在開発中のものでは次の機能が予定されている。

◇音声出力機能

資料によれば,ラジオの野球中継のようにGUIを解説するものになるとのこと。世界にも例を見ない独創的な発想である。

◇点字ディスプレイヘの接続

◇点字キーボード機能の実現等…

これらの機能はBTRON仕様OSに標準で搭載される予定であり,他にも多くの研究開発が行われている。

従来のOSではこうした機能をソフト側で実現していたが,問題として操作体系の乱立,コスト高,データの非互換性等があった。

BTRONではOSレベルで障害者向けの機能を用意しているので,ソフトは自動的にこれらの機能を使えるようになる。特別な改造なしで健常者と同じものが使えるわけである。

人に優しい~という言葉は多いが,BTRONのそれは正に本物である。

終わりに

これまで見てきたように,BTRONのパソコン用OSとしての完成度は従来のOSを凌ぐ部分が多い。ここでは取り上げなかったが,他に人間工学に基づいたTRON仕様キーボードや多国語対応機能等の技術がある。

何よりも重要なのは,OSの標準としてこれらの機能が組み込まれるという点である。ソフトウェアだけでこれらの機能を実現するとしたら大変である。

こうした点を考えると,現在のパソコン用OSはBTRONを見習うべきである。

BTRONを含めたTRONの仕様は公開されており,誰もが無償で利用できることが保証されている。誰でもその気になれば,BTRON仕様OSを作って販売することは可能である。市場競争の原理と文化の面から考えれば,パソコン用OSの仕様が外国の特定の会社に左右されるような現状より,BTRONの方が好ましいのは確かである。

BTRON仕様OSの体験版(参考文献5)も出ているので,一度使ってみていただきたい。その使い勝手には驚く筈である。

その上で日本におけるこれからのパソコンの姿はどうあるべきなのか,皆さんにも考えていただきたい。

●備考●

BTRON仕様OS「1B/V1」について興味のある方は次に問い合わせていただきたい。

パーソナルメディア株式会社 電話番号(03)5702-7858

(参考文献)

[1]坂村健,「新版TRONで変わるコンピュータ」,日本実業出版社,1988

[2]坂村健,「電脳社会論」,飛鳥新社,1988

[3]坂村健,「電脳激動」,日刊工業新聞社,1993 ※これは一度読むと良い。目からウロコが落ちること間違いない。

[4]監修・坂村健,「BTRONへの招待」,パーソナルメディア,1993

[5]TRONWARE Vol.1~Vol.28,パーソナルメディア,1990~1994

Vol.28はIBM-PC互換機上で動作するBTRON仕様OSの体験版フロッピーが付属している。

[6]坂村健監修,「トロン電脳生活ヒューマンインターフェイス標準ハンドブック」,パーソナルメディア,1993

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前川 修寛
Nobuhiro Maekawa
  • 京都コンピュータ学院鴨川校情報科学科卒
  • 日本システム技術株式会社学校事務システム開発部

上記の肩書・経歴等はアキューム6号発刊当時のものです。