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Accumu Vol.2

1991年の惑星直列

作花 一志

私達の先祖にとって星は人間に時刻や方位を知らせる「神」であり,人間の運命をも支配するものと考えられてきた。望遠鏡も測定機器も持たず,文字さえ知らなかった太古の人々は巨石に観測の記録を刻み,それを後世の私達に伝えようとしてきた。長年の観測結果が蓄積されて来ると,夜空に輝く星のうちたった5個だけが奇妙な動きをすることが認められ,『惑星』と呼ばれるようになった。ギリシアーローマに人々は恒星には英雄・美女から怪獣まで様々な名を付けたが,惑星には神々の名を与えた。水星には伝令と商売の神マーキュリー,金星には愛と美の女神ビーナス,火星には軍の神マルス,木星には神々の主神ジュピター,土星には農業の神サターンと。18世紀以降発見された3個の惑星にも天王星(ウラヌス=大空の神),海王星(ネプチューン=大海の神),冥王星(プルート=地獄の神)と神々の名が付けられた。惑星は星座に属さず12個の星座の間を移っていく。時には集まり,時には離れていく。天球上を西へ東へうろうろさまよう時もある。彼らはこの複雑な惑星運動を詳しく調べそれを統一的に説明する理論を作った。それは今日天動説と呼ばれているものである。古代ギリシアから17世紀ニュートンの時代まで複雑な惑星運動をいかにうまく説明するかが自然哲学の最も重要な課題であった。

ニュートンはりんごが落下するのも惑星が公転するのも同じく万有引力によるものだと考え,惑星運動を表す方程式を作った。万有引力によって運動する物体の軌道は楕円,放物線,双曲線に分類できる。物体の運動エネルギーが万有引力による位置エネルギーより小さいときは楕円軌道を,逆の時は双曲線軌道を,両者が等しいときには放物線軌道となる。太陽系の天体では一部の彗星を除き楕円軌道を描いており,どんな楕円上をどんな速度で運動するかはケプラーの3つの法則に従う。

I・惑星は太陽を一つの焦点とする楕円軌道を描く。

II・太陽と惑星を結ぶ線分と楕円の長軸とでできる扇形の面積速度は一定である。

III・どんな惑星でも公転周期の2乗と軌道長半径の3乗の比は一定である。

この法則に基づいて,惑星の位置を計算するには楕円のサイズ,扁平度,傾きなど6つの軌道要素が必要で,それは各惑星毎に実測されて,「天体位置表」(海上保安庁出版)に詳しく載っている。任意の時刻における楕円上の位置はケプラーの方程式を解けば求まる。ところがこの方程式は典型的な非線形方程式で,位置を日付の初等関数で表すことはできない。また各々の惑星・彗星の軌道面はすべて異なっている。例えば現在冥王星は海王星の軌道の内側に入っているにもかかわらず,衝突しないのは両惑星の軌道面が異なっているためである。さらに実は惑星は太陽からの万有引力のみで運動しているわけではなく,他の惑星(主に木星)からも力を受けて,一般には非常に複雑な運動となる。軌道要素は定数ではなく時間とともに変わり,軌道も正確には楕円ではない。惑星位置計算には多くの研究者が携わったが,高等かつ煩雑な数学的技巧がつきまとい,専門家以外が計算することは事実上不可能である。ところがコンピュータの高性能化・大衆化に伴い,現在私達は目の前にあるパソコンを使って容易に計算し,太陽系の姿を画面の上で眺めることができるようになった。火星の大接近,彗星の出現,小惑星とのニアミスさらに惑星直列などもパソコンの画面の上で再現できる。以下で紹介する結果は筆者の担当する「天文学」の教材ソフトの一部であり,過去・未来にわたる惑星直列をCRTの上で眺めてみようというものである。

図

図1は1991年7月18日の惑星の配置であり,地球の軌道面すなわち黄道面にプロットしてある。この日水星・金星・地球・火星・木星・土星はきれいに一直線上に並んでいる。この直線の延長上にバレー彗星も載り,天王星・海王星もほぼ沿っている。当日日没後の西天は壮観で,図2のようにしし座のレグルス近くに水星・金星・火星・木星が集団となって見えるはずだ。ただし土星は反対方向やぎ座でひとり光っているだろう。このような天体ショーを私達はかつて見たことがあるのだろうか? あるいは将来いつ再び見ることができるのだろうか? 惑星直列とははたして非常に珍しい現象なのだろうか? その問に対して,20世紀・21世紀の200年間にわたって,惑星が直線状に集中する日を統計的に調べた。すなわち黄道面で各惑星と地球を結ぶ直線の傾きを計算しその角度の標準偏差がある一定角度以下に収まる日を捜す。すると9惑星がすべて直列することは起こらないが,冥王星あるいは海王星を除く8惑星の直列現象はこの200年間に7回(1962年2月,1990年2月,1991年7月,2059年10月,2060年7月,2079年8月,2099年9月)起こることがわかった。20世前半にはめぼしい現象はなく,1962年2月に海王星以外は緩い力-ブに載った。ところが水星から土星までの5惑星はすべて太陽と同じ方向だったので惑星集団は見られなかった。今年から来年にかけて冥王星以外はほぼ直線状にまとまる。今年の2月4日の日の出前,東南の天低くいて座の東に水星と土星が重なって見えたが(実は京都は雪で見られなかった),これは来年7月の惑星直列の序曲である。20世紀の最後の年2000年5月には5惑星がすべて太陽の背後に並び真昼の直列となってしまってその姿は見られない。2010年8月には金星から天王星まで一直線上に並ぶが,水星がやや離れている。また2040年9月には天王星も冥王星も直線から外れるものの,逆に土星までの6惑星の集中度は最も高く,かつ地球が6惑星の端に来るため図3のように水星・金星・火星・木星・土星がすべておとめ座のスピカ近くに固まって見える唯一のチャンスとなる。ぜひとも長生きしてこの日の西空を眺めたいものだ。なお21世紀後半の4回の惑星直列はいずれも惑星集団は太陽近くにありまぶしすぎて観望には適していない。この他に1982年3月にも,今世紀最大の惑星直列が起こると騒がれたことがある。ノストラダムスの大予言によると1999年この世の終末が来るそうで,その前兆たる惑星直列の結果地球上では地震・洪水・異常気象などが起こるかも知れないと言われた。しかし天変地異は何も起こらなかった。その時の惑星の配置は,今まで述べてきたものと比べると貧弱だ。

1991年7月18日の日没後約40分間はこの200年間で最もすばらしい惑星直列の観賞できる時だ。酉の水平線(または地平線)近くに水星と木星が,そのやや上に火星と金星が並んで輝く。そして水星と火星の間にレグルスが光っている。私達はこのようなシーンとはあと50年も待たないと巡り会えない。さらにこの惑星直列には2つのおまけの話題が付いている。6月18日に金星・火星・木星が非常に接近しほとんど重なって見える時がある。3惑星の会合位置はしし座のレグルスとふたご座のポルックスの間,観賞時間は日没後約1時間である。この夕,新たな大きな星が生まれたかのように輝くだろう。また7月11日には皆既日食が起こり,「日月火水木金」が集まることになる。残念ながら日本標準時で12日午前4時なので,我が国からは見られないがメキシコでは暗黒の太陽の東に惑星大集団が観賞できるはずだ。「神々」の集合は18日以降も観賞できるが,次第に月が明るくなり見えにくくなる。このすばらしい世紀の天体ショーの宵はぜひとも晴天であってほしいものだ。

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作花 一志
Kazuyuki Sakka
  • 京都情報大学院大学教授
  • 京都大学大学院理学研究科宇宙物理学専攻博士課程修了(宇宙物理学専攻)
  • 京都大学理学博士
    専門分野は古典文学,統計解析学。
  • 元京都大学理学部・総合人間学部講師,元京都コンピュータ学院鴨川校校長,元天文教育普及研究会編集委員長。

上記の肩書・経歴等はアキューム24号発刊当時のものです。