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Accumu Vol.4

太陽系の有機物と生命の起源

横浜国立大学工学部物質工学科助教授

理学博士

小林 憲正

はじめに-生命の起源へのアプローチ

太陽系の第三惑星,「地球」上には,現在,数十億人の人類を始めとする種々の生物が存在する。生物はより下等なものから高等なものへと「進化」してきたと信じられている。では,その最も下等な生物は何から進化したのだろうか? また,地球以外に生物の棲む惑星はあるのだろうか? これらの問いは人類に残された最大の謎であるが,我々はその正解をまだ知らない。しかし,現在では「生命は物質の進化の必然的過程の末,地球上に誕生した。よって,他の地球型惑星上に生命が存在しても驚くに足りない」という仮説が科学的見地から最も広く受け入れられている。このような物質の進化は,ダーウィンらにより提唱された「生物進化」に対して「化学進化」仮説と呼ばれている。この仮説を検証するため,数多くの研究がなされてきた。

地質学者達は地球上,先カンブリア時代の岩石を調べ,35億年前の岩石中に藻類の化石を発見した。38億年前の岩石(グリーンランド・イスア塁層群)中に生命の痕跡があるかどうかについては両説あり,まだ結論が出ていない。つまり,地球上での生命の誕生は35億年前以前ということになる。生化学者達は現存の種々の生物やその遺伝子を調べ,最古の生命に迫っている。現存のどのような微生物も「原始生命」と呼ぶにはあまりにも複雑であるが,タンパク質や核酸の中に生命誕生当時の痕跡を探るわけである。

これらのアプローチと並んで,原始地球環境下での化学反応をシミュレートし,生命の誕生に必要な物質の起源を探るという惑星科学からの研究も多々なされてきた。地球型生命の特質はいろいろな言葉で言い表されるが,少なくとも,「物質代謝を行う」ことと「自己複製を行う」ことを含むことに文句はないであろう。この二つの物質を担う物質がタンパク質と核酸であり,それらを構成する単位分子がアミノ酸,核酸塩基,糖などである。これらの分子はいつ,どこで,どのようにして生成したのだろうか。これには原始地球上で生成したとする説と,地球圏外で生成した後に地球にもたらされたとする説がある。この両説について,太陽系(惑星・彗星・隕石)の探査・分析と研究室での模擬実験などの結果から議論がなされている。

写真1.ハレー彗星((c)Finley Holiday Film) 1986年の地球接近の折り,探査機によりそのコマ中の塵や分子の解析や核の写真撮影などが初めて行われた。核には水のほか複雑な有機物を含むことが示唆されている。コマ中には太陽からの輻射により核から放出された種々のタイプの塵が含まれる。特にCHON粒子と呼ばれる有機物に富む粒子が今回,確認された。なお,Kisselらはその質量スペクトルデータから核酸塩基などの種々の分子の存在が示唆された,としている。なお,この写真は1910年に撮影されたものにコンピュータ処理により彩色したものである
写真1.ハレー彗星((c)Finley Holiday Film) 1986年の地球接近の折り,探査機によりそのコマ中の塵や分子の解析や核の写真撮影などが初めて行われた。核には水のほか複雑な有機物を含むことが示唆されている。コマ中には太陽からの輻射により核から放出された種々のタイプの塵が含まれる。特にCHON粒子と呼ばれる有機物に富む粒子が今回,確認された。なお,Kisselらはその質量スペクトルデータから核酸塩基などの種々の分子の存在が示唆された,としている。なお,この写真は1910年に撮影されたものにコンピュータ処理により彩色したものである

化学進化におけるガラパゴス諸島-宇宙

ダーウィンはガラパゴス諸島での生物調査の結果,「生物進化」のアイデアを得た。ある意味ではガラパゴス諸島は生物進化のある断面の展示場であったわけである。では,化学進化の展示場はどこにあるのだろうか。アミノ酸や核酸塩基やそれらの素になる化合物(前駆体)が現在の地球上にあったとしても,地球上の生物由来のものと区別がつかないし,また,すぐに現存の地球生物により消費されてしまうだろう。このため,化学進化の現場としては地球生物の生息圏外,すなわち地球圏外を探す必要がある。

宇宙における分子としてはまず,星間分子があげられる。近年の電波天文学の発達により数十種類を越す分子・ラディカル・イオンが同定され,その中にはHC11Nというような13個の原子からなる分子までも含まれている。アミノ酸などはまだ見つかっていないが,それらの前駆体とみなされるニトリル・アルデヒドなどは豊富である。

星間分子が集まって星間塵となり,それがさらに集まって惑星などの種々の天体を作ったと考えられるが,太陽系の地球などの惑星達はその誕生から約46億年経ち,その間,太陽や風化作用などの影響でかなりの変質を受けていると考えられる。その中で,彗星はその生涯の大部分を冥王星軌道の外側で暮らしていることなどから,太陽系の始源物質を保存しているとみなされている。この彗星の中にどのような分子が存在するかは地球からの分光学的な観測により推測されてきた。1986年のハレー彗星の接近時,旧ソ連,ヨーロッパ・日本のグループにより数機の探査機によるハレー彗星の探査が行われた。特に,探査機ジオット・ヴェガに搭載された質量分析計によるコマ(彗星核をとりまく大気)の直接分析が試みられ,シアン化水素・ホルムアルデヒドのような分子の存在が確認され,さらにかなり複雑な有機化合物を含む塵の存在が示唆された。しかし,ここでもアミノ酸の存在はまだ確認されていない。

写真2.土星の衛星,タイタン(NASA提供)
写真2.土星の衛星,タイタン(NASA提供)
ヴォイジャー1号により1980年11月に撮影された。
太陽系の衛星中では唯一,濃厚な大気を持つ衛星で,
その大気は窒素,メタンを主とする

我々が手に取って分析できる代表的な宇宙試料が隕石であるが,生命の起源との関連で最も興味深いのはその中で最も始源的(分化していない)と言われる「炭素質コンドライト」である。炭素質コンドライト中に種々の有機物が含まれていることは19世紀から知られていたが,それが隕石固有のものかどうか,つまり,隕石が地球に落下した後に地球上の有機物による汚染があったかどうかという点に問題があった。この点に決着がついたのは1969年にオーストラリアに落下したマーチソン隕石中のアミノ酸の分析からである。現在までにこの隕石から70種を越えるタンパク質・非タンパク質性のアミノ酸が検出されているが,これらのアミノ酸が隕石固有のものであることが証明されている。また,マーチソン隕石に加え,1969年以降,南極で日本隊らにより多数の隕石が発見され,汚染の程度の低い隕石として広く研究されている。南極隕石中にもいくつかの炭素質コンドライトがあり,その中からもアミノ酸,有機酸,炭化水素,核酸塩基などが検出されている。

アメリカ・旧ソ連の宇宙開発競争の中で,月及び惑星の探査が行われてきた。従来の惑星探査ではアポロ計画による月の有人探査を除き,カメラによる撮影と分光学的な測定が主であった。特に1980年代のヴォイジャー計画では木星・土星などの外惑星やその衛星に関する膨大な情報をもたらした。外惑星大気はメタン・アンモニア・水素などを含む,いわゆる「還元性大気」であり,土星の衛星のタイタンには窒素・メタンを主とする濃い大気の存在が確認された。このような大気からは放電や紫外線の照射などにより種々の有機物が生成しうることが知られており,木星特有の大赤斑などをこのような有機物の存在から説明しようとする説もある。今後の惑星探査は,さらに惑星物質の化学分析に力が入れられる見込みで,ガリレオ計画による木星大気の質量分析,カッシーニ計画によるタイタンの直接探査,火星・彗星・小惑星からのサンプルリターン,さらには火星の生命探査などが大いに期待される。

実験室の中のミニ地球・ミニ太陽系-模擬実験からのアプローチ

写真3.模擬惑星大気中での火花放電実験
写真3.模擬惑星大気中での火花放電実験
 これまで惑星大気を模した種々の混合気体を用いた火花
放電がなされてきた。これは筆者らが用いた装置で,窒素・
メタン・水蒸気といったタイタン型模擬大気中での放電のも
ようである。黄褐色の生成物が生じ,その加水分解生成物中
には多種類のアミノ酸や核酸塩基といった生体分子が同定された

地球圏外にも種々の有機物が存在することは,地球上の生命が物質進化の結果,誕生したとする「化学進化」仮説を強く示唆する。このことを確認するために,数々の室内模擬実験が行われてきた。特に,原始地球大気を模した混合気体を用いた模擬実験からはアミノ酸を始めとする種々の生体関連有機化合物の生成が報告されている。

このような実験の塙矢としては1953年のミラーの実験が有名である。シカゴ大学の大学院生だったミラーは,師のユーリーの原始地球生成論を基に,メタン・アンモニア・水素・水の混合ガス(いわゆる「還元型大気」)中で雷をモデルとした火花放電を行った。そして,その生成物を分析したところ,グリシン・アラニンを始めとする,数々のアミノ酸・有機酸・尿素などが検出された。アミノ酸のような生体分子がいとも簡単に合成されたことは極めて画期的なものであり,この後,同様な「模擬原始地球大気」を用い,放電のほか,紫外線(太陽からの輻射),熱(火山),放射線(地殻中の放射能),衝撃波(隕石の激突)などのエネルギーを加えることにより,アミノ酸などの生体分子の生成をすることが次々と報告された。つまり,地球上での生命の誕生の基となる分子は原始地球上で生成した,という考えが極めて有力になったわけである。

ところが,原始地球生成論の変遷により,原始地球大気のイメージは紆余曲折する。原始地球が最初にまとっていた還元型の「一次大気」は太陽誕生直後,激しく吹き荒れた太陽風によって吹き飛ばされたはずである。この後,地球内部から吹き出してきた,いわゆる「二次大気」が原始地球大気である,とする説が力を得た。この二次大気は火山ガスからの類推から,二酸化炭素・窒素・水を主とする,「非還元型(あるいは酸化型)」のものと考えられた。このような非還元型大気からは,これまでと同様の放電実験などを行ってもアミノ酸などの生体分子は極めて生成しにくい。このような状況から,生命の基となる分子は地球上ではなく,宇宙(地球圏外)のどこかで生成し,地球にもたらされたとする説が無視し得なくなったわけである。

写真4.ヴァイキング計画による火星の生命探査(NASA提供)
写真4.ヴァイキング計画による火星の生命探査(NASA提供)
 1976年に火星に軟着陸したヴァイキング1号・2号は火星
土壌中の生命体の検出をめざしたが,肯定的な結果は得ら
れなかった。しかし,これは過去・現在を通じて火星に生命が
存在しなかったことを示すものではない。
現在,火星にかつて存在した生命の探査が計画されている

今日ではまた状況は少し変わりつつある。まず,原始惑星生成が従来の静的なものから,微惑星同士の衝突合体による極めて動的なもので,また,地球生成後もさらに数億年間は,多数の微惑星や彗星の洗礼を受けたと信じられるようになった。このようなモデルから計算される原始地球大気は一酸化炭素・二酸化炭素・窒素・水との混合物とみなされる。一酸化炭素が加わることにより,原始地球上での有機物の生成の可能性はどう変わるのだろうか。放電実験などでは一酸化炭素・窒素などからはメタン・アンモニアの時と比べ,アミノ酸のでき方ははるかに少ない。筆者らはこれまで無視されてきた宇宙線エネルギーに着目し,加速器を用いて,その主成分である高エネルギー陽子を一酸化炭素・窒素・水からなる模擬原始地球大気に照射したところ,多種類のアミノ酸などの生体分子が収率よく生成すること,つまり,新しい模擬原始大気は生体分子の生成に極めて適したものであることがわかった。

宇宙線成分により一酸化炭素・窒素・水から生体分子が効率よく生成するという事実は,生体分子の原始地球起源説を補強するものであるが,一方で,宇宙起源説をも支持するものである。星間分子や彗星中では一酸化炭素・窒素・アンモニア・水などが主要な分子種である。そのような環境に,これまた宇宙空間で普遍的な宇宙線が当たれば,アミノ酸などの生成を必然的に起こすことが示唆される。筆者らのグループでは現在,彗星や星間塵をモデルとした極低温の氷を実験室内で作り,これに加速器からの宇宙線諸成分を照射することによりアミノ酸などの有機物が生成しうるかどうかを実験し,さらには,このような実験を宇宙ステーション上で宇宙環境下,天然の宇宙線を用いて実証することを計画中である。

おわりに-他の惑星上の生命

写真5.模擬原始地球大気への陽子線照射
写真5.模擬原始地球大気への陽子線照射
一酸化炭素,窒素,水蒸気からなる「模擬原始地球大気」
へ宇宙線の主成分である高エネルギー陽子線を照射し
ているところ(東京工業大学ヴァンデグラフ加速器使用)。
最新の原始地球大気モデルを採用しても,宇宙線などの働きで
アミノ酸などの生体分子が生成可能であることがわかった

室内模擬実験から,原始地球環境で,また地球圏外環境で生体関連分子が生成しうることが確認されつつある。一方,惑星探査や地上からの観測により,太陽系物質中にも種々の有機物が存在することがわかっている。つまり,生体関連分子の生成は宇宙進化上の必然的な出来事ということになる。これをさらに一歩進めると,生体分子から生命の誕生までが必然であるか否かという疑問に突き当たる。現時点で敢えて答えるとすれば,やはり生命の誕生は必然であると答えざるを得ないであろう。太陽系はありふれた恒星系であり,その中の一惑星である地球に立派に生命が誕生しているのだから。また,隣の火星上での生命の存在はヴァイキング計画の結果からは確認できなかった。しかし,これは46億年の火星の歴史上,生命が全く存在しなかったことを意味するわけではない。

他の惑星上での生命の存在の可能性を断定するためには,まだ実験的・観測的データが少な過ぎる。近い将来の火星の生命(あるいはその痕跡)探査や,種々の模擬実験,さらには太陽系外の惑星の発見やSETI(電波による地球圏外文明探査)の結果が待たれる。

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Kensei Kobayashi
  • 横浜国立大学工学部物質工学科助教授
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上記の肩書・経歴等はアキューム4号発刊当時のものです。