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Accumu Vol.19

世界標準となった日本の工業製品に学ぶ 川崎重工のZ1









日本の企業が発案し,世界でスタンダードとなった技術はことのほか多い。西洋の発明でありながら,日本が世界をリードし,今なおスタンダードをつくり続けている分野のひとつにオートバイがある。

川崎重工業株式会社は1972年にZ1(900スーパー4)という大型オートバイの販売を開始した。それは瞬く間に全世界を席巻し,多くのレースでも勝ち続けた。以来,マイナーチェンジやモデルチェンジを経て,約13年間にわたって,エンジンの基本設計にはさほどの変更もなく,そのオートバイは生産が継続された。そして今なお,世界中でZ1を旗手とする派生機種各車は愛用され続けており,オートバイのスタンダードとして,多くのメーカーのオートバイの模範ともなっている。通称「Z(ゼット)」と称される一連の製品はオートバイ趣味の王道として,世界で多くの趣味人に愛され続けている。

川崎重工業株式会社は1872年に創業され,日本の近代化と工業化,高度経済成長とともに歩んできた老舗企業である。明治時代には,日本最初の蒸気機関車(180型)の国内生産に成功し,その後,鉄道,船舶,航空や宇宙開発の分野で数多くの成果を残してきた。太平洋戦争時に飛燕,屠龍などの戦闘機なども生産していた同社の航空機部門は,戦後,民需産業への転換を余儀なくされ,小型オートバイのエンジンの生産を始め二輪部門となった。現在,オートバイを中心とする同部門(モーターサイクル&エンジンカンパニー)は川崎重工全体の約3割の売上高を占めており,同社トップクラスの収益源となっている。

Z1は,それまで生産車両のネーミングにA,B,K,などのアルファベットが使用されてきた中で,最終の最高という意味を込めてZとしたという。発売から40年近くが経過しても,オートバイ趣味の一分野の最高峰として君臨し続けているという歴史の経過をみると,当初のネーミングはまさに正鵠を得ていたと言えるのかもしれない。

当時北米のカワサキ販売のエグゼクティブとして,前半はアメリカで,後半は日本にいて,Z1の開発から販売までを担った種子島経氏は,「開発開始から販売に至るまで,開発陣と販売陣とが〝良い車をつくる〟という共通の目的のために協力し合い,そして成功した」と述べている。また,Z1開発当時,同社の単車事業部設計課長であった大槻幸雄氏は,「(自社で)持っている技術とか,人間の数とは関係なしに世界一の目標を掲げる。そして自らも率先してやる」ということが,「長」として重要な事であると言う。「世界一のものをつくったら,必ず勝つ,そのかわり必死になって頑張る」「昼夜兼業,土日返上でしょうね。それくらいやらないとできない」。世界一を目指して,技術陣と経営・営業陣が力を合わせて,働いたのであった。

工業製品は往々にして,開発側の技術的側面や販売側のマーケティングのどちらかに重心が傾き,結果としてさほどの成功に至らないことが多い。販売台数が多くても,技術的には失敗作であるようなものもある。逆に,技術的には賞賛されても,販売で失敗しマーケットに受け入れられなかった製品もある。その点で,カワサキZ1は,技術的にも極めて優れた製品であり,マーケットにも広く受け入れられて,さらには,極めて長期間に渡って世界中で愛されている,世界のスタンダードのオートバイである。それをつくったのは,ほかならぬ日本である。

我が国特有の機械工学と職人気質が生んだ過去の工業製品の成功事例を観察すると,今後の日本の方向性を考える一助となるかもしれない。戦後の昭和の時代に世界標準をつくり上げた数多の日本メーカーと工業製品の中から,秀逸な一例である川崎重工の工業製品を取り上げ,日本の高度な技術力の未来を考えることは,重要な作業のひとつだと思う。

技術的にはイタリアのMVなどがすでに生産化していた空冷4気筒であるが,頑丈な作りで故障知らずのエンジンであった。基本設計を同一にするエンジンを搭載したオートバイは,その後,米国カリフォルニアの警察に公式採用され,2005年まで生産が継続された
技術的にはイタリアのMVなどがすでに生産化していた空冷4気筒であるが,頑丈な作りで故障知らずのエンジンであった。基本設計を同一にするエンジンを搭載したオートバイは,その後,米国カリフォルニアの警察に公式採用され,2005年まで生産が継続された

ティアドロップ型のガソリンタンク。テールカウルとマフラーの造形と相俟って美しい流れを構成している
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砲弾型のスピードメーター・タコメーターのカバーは,流麗なラインを描く各パーツとの調和が考えられている
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Zの愛好家が集まるミーティングが世界中で開催される。写真は,西日本Z ミーティングの模様
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筆者によるブログ http://blog.kcg.ne.jp/kawasakiz/
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渡 京一
Kyouichi Watari
  • 京都コンピュータ学院教員

上記の肩書・経歴等はアキューム19号発刊当時のものです。