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Accumu Vol.16

京都のラーメン考

 

東大路 百万遍

焼けつくような焦燥感で啜る武士道文化の食べ物

焼けつくような焦燥感で啜る武士道文化の食べ物

カウンターに向かって伏して,冷めてはマズイと思いつつ麺を啜っていると,すぐにその魔味に引き込まれていく。同席の家族や友人との会話も無く,食事を楽しむというわけでもなく。ひたすら丼を見つめながら,苦渋に満ちた顔で混沌の中に溺れていく。武士道日本のラーメンは,あまりにもストイックな食べ物だ。

子供の頃から日本のラーメンを食べ続けて最近やっと解ったことは,日本のラーメンというのは化学調味料の中毒症状を伴う食べ物だということである。試しに,化学調味料を多量に含有するインスタントラーメンや,カップうどんと,家庭で作る鶏ガラスープの汁だけのラーメンや,昆布だしだけのうどんを,目前に並べて食べ比べてみれば良い。そして,行きつけのラーメン屋で「化学調味料抜き」を注文して食べてみると,さらに本質を理解することができると思う。人間はかくも哀れにも,ケミカルドラッグに溺れやすいことがわかるだろう。

唾を必要以上に分泌させる化学調味料と,それがもたらす心理的焦燥感が,ラーメンの非常に重要なファクターなのである。自然の調味料や出汁によるものは,そういった焦燥感をもたらさない。ラーメンとは,化学調味料の強烈な魔性の誘惑に独り立ち向かい,人間の性の哀しみや悲しみに対峙して,焦燥感に駆られるための一種の孤独なトリップをもたらす,ジャパニーズネイティブのケミカルドラッグなのだ。

若い頃特有の,孤独で焼け付くような焦燥感と,これから始まる人生への不安や期待と,そして,その若さゆえの胃袋があったとき,ラーメンは必要不可欠な食べ物だった。


屋台から店舗へ

屋台で成功したラーメン屋さんが,店を構えて開業することがある。一般に,それでより洗練された味になるのだが,「屋台のときのほうが味が良かった」とか,「店を構えて味が落ちた」などと言う人も多い。屋台と店舗のラーメン調理の違いを観察していると,水の使い方が大きく異なることがわかる。道路には水道がないので,水はどこかから持ってくるしかない。その水を節約するために,屋台では麺の茹で汁でスープを薄めたり,バケツに張った水でどんぶりを洗ったりなどして水を徹底して節約している。

麺を茹でる鍋の湯,すなわち,かん水や打ち粉のたっぷり溶けた湯が,客の数に比例して消費されていく鶏がらや豚骨を茹でてスープを取る鍋に,ふんだんに追加される。

加えて,どんぶりを洗うバケツと食器洗剤をすすぐバケツの間で,どの程度すすがれているかで下味も変わってくるかもしれない。

一方,店を構えると,麺を茹でる鍋とスープの鍋は湯が交じり合うことがほとんど無くなる。店舗では,麺を茹でる湯をどんどん新しく変えるのが普通である。古い湯だと,打ち粉や麺の匂いが残り,どんぶりに盛られてときに粉っぽく感じるからだ。実際,店舗で来客が多すぎると,湯が古くなり,粉っぽくなって,まずくなるように思う。しかし他方,屋台では,その湯の古さが迫力をかもし出す味わいになる。客とは勝手なものだ。

もうひとつは冷蔵庫の有無である。営業時間中,素材を保存するのに屋台で冷蔵庫を持って来ている店は稀である。多くはクーラーボックスか,せいぜい発泡スチロールの箱で,店舗に普通にある電気冷蔵庫・冷凍庫があるわけではない。

これはすなわち,素材の足の速さの違いになる。かぼちゃは腐りかけが一番美味いと誰かが言ってたらしいが,屋台ラーメンの麺もチャーシューも,寸前が一番美味いのかもしれない。

店舗になったところで,レシピや塩加減が変わるとは思えない。屋台から店舗へ移行したラーメンの味の変化は,どうやらこのあたりにあるのではないだろうか。



赤ちょうちんに誘われて ムーミン

京都コンピュータ学院という名称が初めて使用されたのは,京都百万遍を北上して5分,元田中のバス停前の石川ビルという電気店の二階の教室であった。その南の角に,70年代に屋台が出ていた。赤ちょうちんにかれた屋号は「ムーミン」。残念ながら80年代初頭には消滅してしまったが,当時,その路地角に行くと,昼間屋台が出ていないときでも独特の臭いが漂っていたものである。夜8時を過ぎると,鍋の煮える匂いが町内に漂って,タクシーの運転手や近所の人々で賑わっていた。味は,うどん出汁をベースに,鳥の足を煮て,ニンニクを利かせた鶏ガラベース。豚の皮とか豚骨なども少々は入っていたと思う。チャーシューの美味さも特筆もので,中学時代の親友は,家族で出かけ「チャーシュー麺のチャーシューは2倍」という特別仕様を注文していた。彼は「チャーシューを倍にすると,肉で麺をくるんで食べてもまだ肉が余る」としたり顔で説明していた。親父が愛想の良い人で,常連には干し芋をデザートに振舞ってくれたりした。京都市内で有名な屋台だったのだが,あれが京都式ラーメンのひとつの原点だったのではないかと思う。


はんなりと裏こってりが融合 熊野寮ラーメン

その昔,学生運動で有名な京都大学熊野寮の東側に屋台が出ていた。百万遍の京都情報大学院大学から歩いて15分くらいのところ。京都式で独特の美味いラーメンだった。豚骨と鶏がらを絶妙な具合にブレンドしていて,紅しょうがを乗せる。日によってチャーシューの出来具合が異なり,若い主人が「今日はチャーシューの出来が最高」と言う日は,とろけるような三枚肉が麺とからんで踊りながら溶け合っていく。長時間じっくりと煮た三枚肉は脂身がトロトロで,赤身は繊維を少々感じさせながら,粉々に砕けてスープと麺と三位一体に交じり合って,ほんわり柔らかく喉の奥に消えるのだ。京都ならではの「はんなり」と,京都の「裏こってり」の,見事な融合であった。80年代初頭に火事になって,消えてしまった。


元気を呼んだ懐かしの味 高木町ラーメン(天龍)

今は千本通りの北大路以北に「天龍」という店舗を構えているが,高木町の交差点の角にラーメンの屋台が出ていた。京都コンピュータ学院洛北校から5分ほど東に行った所である。ムーミンに比べるとニンニクが強く,麺のゆで汁とスープを取る水を混ぜすぎるから,スープに麺の粉の匂いが強く残っていたけれど,それでも,夜中に食べるには美味いラーメンのひとつであった。ムーミンと高木町ラーメンは,当時の京都式屋台ラーメンの代表であった。現在の店舗ではずっと洗練されていて普通に美味い。しかし,あのなつかしの屋台時代の味は今も舌の記憶に残る。あれを食べると,元気になった。


「もう一杯」を誘う正統派の完成形 ますたにラーメン

ますたにラーメン

45年の伝統と実績を誇る京都コンピュータ学院の白河校(もとの浄土寺校舎)を北上すること5分。銀閣寺道の交差点の西北に,50年以上の伝統と実績を誇る「ますたに」がある。店の前には桜の木があって,春は美しい。この「ますたに」を食べずして,京都のラーメンは語れない。麺を盛った後に,どんぶりに豚の背脂を金網で散らすという技法はここが発祥と思われる。親父の麺の取り方も一流で,一回でぴったり一人前を網に掬ってどんぶりに盛る。どんぶりに盛ってから箸で麺の量を調節するなんてことはしない。プロなのである。

昔から店舗の規模の割に従業員が多く,皆がのんびりと接客しているように見える。そのせいか,ベテランのおばちゃんは愛想が良く,接客が上手い。チャーシューとメンマ,そして多い目の葱が盛られて,背脂が散りばめられている。見た感じは脂っぽいのだが,食べると存外あっさりしている。どこにも尖がった個性がないのだが,すべてが上手く調和している。あまりにも丸く収まりすぎていて,一回食べたくらいでは,その完成度は理解できないと思う。なんとなく美味いなあ~と思っているうちにスープまでも無くなってしまっていて「あれ,もう無くなったのか」と思う。そして,美味いもので満腹になって,とても幸せになったんだけれども,なにか物足りないような,なにか後ろ髪を引かれるような想いで,帰ることになる。そこが凄いところで,何杯食べても飽きないような,胃さえ満杯で無ければもう一杯食べたいと思うような,絶妙な加減に出来上がっているのだ。何が突出して他の店に勝るのかというと,指摘しにくい。麺もチャーシューもスープも,もっとインパクトのある店は他にいくらでもある。しかし,まったりと,それでも適度にシツコク,適度に濃い味で,はんなりと柔らかく歯に残らない麺が舌を撫でて喉の彼方に消える。改良の余地など微塵もない,すべてが綺麗にまとまって完結している,正統派保守本流完成形京都ラーメンである。


天下一品

賛否を分けさす無頼派の完成形 天下一品

天下一品

今や京都ラーメンの大御所と言うべきか。賛否両論両極端で,熱烈なファンと,一度食べて敬遠する人と二通りに別れる。今から20年以上前に東京にも支店を出した。京都市内にも近県にも,多くの支店・チェーン店があるが,それぞれ微妙に味が違う。最近はあっさりスープなど,様々な選択枝が用意されているが,食べるなら伝統のこってりスープを置いて他にない。鶏がらと野菜ベースのスープだと喧伝しているが,豚骨,豚皮などが入っているようで,ちょっと豚の匂いがきつい。スープはビックリするほどドロドロで,濃い。ラーメンに慣れていない人が食べたら,三日間胸焼けが治らなかったとか,色々な逸話がある。薄味・上品は京都文化の表面上のものであって,このようなコテコテも存在する。京都文化の裏の奥深さだ。

ニンニクは絶対入れてもらうこと。葱も多い目が良い。スープと薄いチャーシューと柔らか目の麺が,強烈なニンニクで混然一体となって,口中は怒涛が渦巻く。食べているうちに,混沌の中に一筋の光明が見えて,とても満足する結果になる。「なんだかわからんが美味いもんを腹一杯喰って満腹だぁ!」と叫びたくなるような,とてつも ない満足感が残るところが凄い。一点,昔から気に入らないのは,店の前のちょうちんに「焼豚鉢一面」と書いてあるくせに,並にはペラ一枚しか入っていないことなのだが,怒涛と混沌の過程を経ているうちに,そんなことはどうでも良くなってしまう。この店が出現して以来,多くのラーメン屋がドロドロこってり系のスープを真似しだしたが,天一(テンイチ=天下一品の略称・愛称)の味は,どこにも真似できない究極に達しており,他の追随を許さない。無頼派革新系完成形京都ラーメンとでも言うべきか。


シャープで上品な御三家の一角 天々有(天天有)

ますたに,天下一品,そして天々有(天天有,てんてんゆう)が,京都で30年以上君臨し,顧客を三分している老舗の御三家である。昔から各三軒それぞれのファンは,一番美味いのはここだと三軒のうちのひとつを挙げ,決して譲らない。

天天有は,京都コンピュータ学院洛北校から,北東に歩いたら20分くらいだろうか。高野の交差点を北上すること10分くらいのところにある。鶏がらベースのラーメンで,ますたにが「表はんなり」,天下一品が「裏こってり」だとすると,見事にその境界領域を押さえている。まったりした味ではなく,こってり過ぎず,シャープで上品である。「硬い目,鹹い目,葱は多い目」が美味いのだと昔,福岡出身の友人に教えてもらった。それ以来,いつも,彼女が言ったように,麺をすこし硬い目に茹で上げてもらって,スープは少し塩辛い目,葱はたっぷりと入れてもらうようにリクエストする。麺を硬い目にしてもらっても,麺はスープと分離することなく,綺麗に絡み合うところが,鶏がらのゼラチン質である。豚骨系のこってりさが強いと,麺が独立してしまうのだ。夜中に行くことが多いが,夜遅いほうがスープが煮詰まってくるのか美味いように思う。最近,レトルトのパックが高速道路のSAなどで売り出されているが,店の子に尋ねたら,その商品の存在すら知らなかった。もちろん店にも売っていない。謎である。


軽妙,そして円熟。「お昼に並を」 東京ラーメン

京大医学部の西の鞠小路通りにある。店の名は,開店前に東京でラーメンの修行をしてきたからこその命名なのだという伝説がある。東京式ラーメンだと言われるが,あくまでも京都のはんなり滋味ある奥深さを有しており,東京で同様の味に出会ったことはない。鶏がら以外に,昆布など和風だしの原料も多量に入れているようで,結構複雑な味でありながら,決してしつこくない。突出したところもなく,すべてが 綺麗にまとまっていて,しかも軽妙,そして円熟の極み。昼ごはんには丁度良いラーメンである。夜はあまり遅くまでやっていないのも,この味であるからこそか。もやしラーメンとか玉子ラーメンなど色々バリエーションがあるのだが,正当派は並。それも昼飯時に。男前でダンディな親父が演歌を鼻歌しながら造るところが渋い。滋賀県に嫁に行ったお嬢さんも美人で素敵な人である。


脂っぽさなく,夜更かし後の朝に 第一旭

第一旭

京都駅の東側に,後述の新福菜館と隣りあわせで,それぞれ異なる味で勝負している。京都人の中では,どちらが好きかという話題になることが多い。いわゆる京都ラーメンぽいという意味では第一旭だろうか。しっかりとした出汁なのだが,あまり脂っぽくはないので,朝でも食べられる。実際,早朝からオープンしている。学生時代は,夜更かしした朝に食べに行って,満腹になって,帰宅して寝るということが何度かあった。麺は細めで葱は京都の九条葱である。


第一旭・新福菜館

関東を思い出す奥ゆかしき醤油味 新福菜館

新福菜館

終戦直後から延々繁盛し続けている老舗である。黒っぽい色のスープで,関東式の醤油ラーメンなのだが,食べてみるとさほど塩辛くはない。時々東京が懐かしくなったとき,やたら食べたくなる。見た目はバリバリ醤油ラーメンなのだが,関東の醤油系とは明らかに違う。醤油が押し出してこないのだ。あくまでも,京都式に奥ゆかしく,奥深い。関東を思い出すための京都ラーメンとでも言うべきか。焼き飯も名物で,ラーメンと一緒に頼むと,腹いっぱいの食事になる。


から揚げ後の締めに微妙な味わい 金ちゃんラーメン

ここはラーメンも美味いのだが,鶏の手羽元のから揚げで超有名になった店である。ここのから揚げを食べずして,京都のから揚げは語れない。学生時代は,このから揚げを一人で6本(二皿)食べていた。ラーメン目当てで行く友人も多かったが,自分はから揚げであった。ビールとから揚げで機嫌よくなって,締めにラーメン,というコースである。鶏がらと豚骨のブレンドが絶妙で,こってりとあっさりを足して二で割ってあっさりを足したような? 絶妙な味わいで,つるつると入っていく。チャーシューも美味い。チャーシュー麺を食べて,から揚げをお持ち帰りという手もある。


にんにく唐辛子混ぜ,葱をてんこ盛りに 横綱

国道171号線を大阪へ行く途中,吉祥院に横綱の本店がある。昔はここ一店舗で営業していた。自転車で行くには,一番遠いラーメン屋であった。イマイチ個性に欠けるのだが,固く練ったニンニク唐辛子を混ぜて,葱をてんこ盛り乗せて食べると美味いので,よく行ったものだ。近年はどんどん支店ネットワークを拡大しており,京都市内に多くの支店が点在しているのみならず,大阪や愛知県の東端あたりで評判になっているらしい。ラーメンの通販もしているし,さらには千葉の松戸にまで支店を出した。頑張れ京都のラーメン。

最近,市内の某支店に行ったのだが,牛丼の吉野屋と同様に,夜は店内が蛍光灯で白々とやたら明るい。煌々と明るすぎる。夜中に一人で,あの輝光と有線の演歌の響きに包まれてラーメンを啜っていると,しみじみ美味いなあ~と思うんだが,同時に心にシメ~っと哀愁が漂ってくる。


トッピングで豪華ディナー風 みよし

「博多長浜ラーメンみよし」,と言う。三条木屋町を下がったところにあって,先斗町や木屋町で一杯飲んでラーメンで締めるときはここになる。京都式のセオリーから見ると,麺とスープの調和が弱いように思われるが,これはコレで博多式。ミュージシャンのGackt=ガクト=が好み,東京に支店を出したそうだが,結局撤退したらしい。いくら博多式豚骨ラーメンとは言っても,やはり京都文化の影響は強く受けていて,スープがはんなり甘口で上品なのだ。なんでもだだ鹹い(京都弁でやたら塩辛いという意)東京では,この味わいは雑踏の中に雲散霧消してしまうだろう。京都にいなければわからない,味覚の深遠というものがあるのだ。

豚骨ベースの嫌味は皆無である。麺は硬麺で,スープとはあまり混ざり合わないけれど,それを補うトッピングが色々自由に選べるのがいい。トッピングは,定番の紅しょうがや高菜から,胡麻,天カス,牛スジの煮込み,果てはカレー粉まである。スープと麺がそれぞれ独立している上に,様々な関連性のないトッピングをあれこれ色々入れて楽しんでいると,だんだん訳がわからなくなって来て,豚骨スープが混沌として「豚混カレー」になる。最後は「激辛胡麻入り天麩羅カスドロドロ紅ショウガ色牛スジカレースープ,ラーメンの切れ端入り」とでも命名したいような料理の残骸が丼の底に残り,結構豪華なディナーを終えたような気になる。先斗町で飲んだあとの締めの一杯にするにはもったいないくらい,フルコースな高級料理なのではないかと思った・・,のは酔っ払っているせいだったか。シラフで食べたことが無いので,イマイチ論評しにくいのだが,皆美味いと言っている。


友人イチオシ,甘めのまったり 一番星

筆者の高校時代の友人がイチオシ。とろりとしながらあっさりしたスープで,まったりとしていて,好きな人には受けるのだが,やや甘い。麺は硬めで,チャーシューの煮方が上手である。甘いのはたまねぎを入れてあるからだそうだ。ちょっと化学調味料が多いようで,それで酔うからスープは残す。化学調味料に強い人には,最高のラーメンのひとつだろう。昔から,薫り高い柴漬けの細切れを付け合せに出してくれる。店構えも,粋。


元気を呼んだ懐かしの味 らんたん

40年以上前から,常連を多く獲得している店のひとつ。京大病院の向かいにある。出身が京都ではないことがわかる訛りのある陽気な主人が,札幌式硬めの麺に,醤油濃い系の豚骨&鶏ガラスープで仕上げるアンチ京都式ラーメンでありながら,塩加減は京都風。ライスを頼むと麦飯。この麦飯が醤油ラーメンに合う。慣れると,変にしつこくなくて,もやしをたっぷり感じる。夜よりも,昼飯に食べるラーメン。奥さんがまた人格者で,頼もしい母ちゃん。古くからの常連が多い,一度は行ってみるべき京都大学病院御用達のラーメン店である。最近,麺が自家製になり,スープの味が大人向けになった。親父も母ちゃんも俺も,みんな年齢を重ねる。関わる人々とともに成長し,変化してきたラーメンである。


奥深いこってり系,寮生の台所 東洋

京都コンピュータ学院の昔の山科の学生寮(旧西野寮)の前,国道1号線の一本南,新幹線のガード下の南側に,夜中3時まで開いているラーメン屋さんがあった。京都コンピュータ学院と京都医進学園の,旧西野寮出身者ならば全員が知っている,あのラーメン屋さん,「東洋」である。こってり系でありながら,ここだけはテンイチを遥かに凌ぐものがあった。単なる脂っこいだけではなく,ゼラチンも濃くて奥深さや味わいがあって,これを一番美味いラーメンと言う人が多くいたのだ。当時の西野寮生にとっては,夜中に腹が減るとここしかなかった,というのも事実なのだが,寮生にとっては最高の台所だった。から揚げも美味かったし,焼き飯も美味かった。夏は冷麺も絶品だった。あれは学生時代の元気な頃だったから,夜中のあのコテコテが良かったのかもしれないけれど,当時の仲間は皆,これを懐かしがる。こんな店のすぐそばに寮があるとは,恵まれた学生時代であった。長じて久しく行っていないけれど,どうなっているのだろう。学生寮も移転してしまったが,東洋も閉店したとの噂もあり,ガード下に移転して屋号が変わったとの話も聞く。いずれにしても,あの味は,もう無いのだそうだ。確かめに行けばいいのだが,それほどの若さも体力もすでになく,今更茫洋たる未来を感じて焦っている訳でもない。だから,学生時代の煌く思い出として封印しておいたほうが良いように思う。



京風ラーメンと京都ラーメン

80年前後だったと思うが,四条河原町の阪急百貨店に,「あかさたな」という京風ラーメンの店ができた。細く硬い麺と,醤油と魚介系プラス鶏がらの薄い和風だしのスープで,ラーメンの概念で対峙すると,うどんか蕎麦の温麺に思える。しかし,うどんや蕎麦を基本概念に置いて取り組むと,あくまでもラーメン,という不思議な汁麺であった。その後,いっときは,「京風ラーメン」と同じようなものをあちこちで見かけるようになったのだが,その後は衰退した。たしかに,和風のだしで細麺の,あっさりした醤油ラーメンは,日本の真髄,京都のはんなりを象徴していたものである。いわゆる東京式醤油ラーメンよりも,はるかに和風で軽やかであった。

その当時は,「京風」あるいは「京都風」というと,そういった和風の鰹・鯖の出汁の効いた鶏がらあっさりラーメンというものであって,今,「京都ラーメン」と言われているような,鶏がらプラス豚骨のこってりしたものは,「京都」,「都」,「雅」,の味の概念範疇にはなかったのである。どちらかというと,邪道の下町・裏通りの食文化の扱いで,誰も「京都の味」だなどとは思っていなかった。

あれから20年余,京都の下町食文化であるラーメンは,「京都ラーメン」として市民権を得て全国デビューし,かつての京風ラーメンと言う命名と概念を忘却の彼方に押しやってしまった。バラエティもスポーツも,関西下町文化が強い時代になった。食文化も然りである。


ラーメンは京都カルチャー

ラーメンはすでに,京都のカルチャーだという。一乗寺ラーメン激戦区のラーメンは,京都コテコテ裏文化として,発展したその結果である。鶏がらの濃さと,豚脂,背脂,アブラの強い刺激と,化学調味料の魔味との融合,ジャパニーズ・ネイティブ・ケミカル・ドラッグとでもいうべき文化。そのような京都ラーメンにおいても,カウンターカルチャーがすでに出現している。

吉田屋

京都情報大学院大学から歩いて10分,京都大学農学部の門の西に,吉田屋というナチュラル系のラーメン店がある。

化学調味料を一切使用せず,ナチュラルに美味いラーメンと焼き飯を追求しているという,良心的な職人の店である。

化学調味料とコレステロールの塊のラーメンの概念からすると,かけ離れていはいるが,齢を重ねてナチュラルを志向する向きには,たぶん,美味いと感じると思う。ケミカル・ドラッグを一通り知り卒業した後に,原点回帰として到達するレベルである。このようなラーメンと焼き飯の美味さをわかるようになって初めて,グルメ道の門戸をたたくことができるのではないかと,目から鱗が落ちた。大変に美味い汁麺であった。


吉田屋
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東大路 百万遍
Hyakumanben Higashiooji
  • 京都情報大学院大学教職員

上記の肩書・経歴等はアキューム16号発刊当時のものです。