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Accumu Vol.4

人にやさしいコンピュータを目指して

株式会社日立製作所 システム開発研究所 関西システムラボラトリ 主任研究員

広瀬 正

コンピュータを学ばれてる方々は,コンピュータとはそんなに難しくない,とお考えかもしれませんが,世の中一般的に考えると,コンピュータほど使い方の難しい,使い勝手の悪いものはないわけです。これを,より広い人々に使っていただけるようにするのが,これからのコンピュータの発展の方向ではないか,「ヒューマンーインターフェイス」というのが,これからの大きなトレンドではないかと思います。ここでは,我々が実際にコンピュータを応用してきた,特に,AI,エキスパートシステムで応用された具体的な事例をいくつかご紹介しながら,これからAIが,あるいは,コンピュータの技術が,どの方向に向いているのか,その一端をご紹介したいと思います。

皆さんは,コンピュータのことにはかなり詳しいかもしれませんが,実際の世界で,AI,あるいはエキスパートシステムというのが応用されている事例は,あまりご覧になっていないと思います。そこで,具体的な事例を挙げながら,現場で,なるほど,今このようにして使われているんだということを理解していただき,あるいは,これからの勉学の励みにしていただければよろしいかと思います。

皆さん,AIとはどういうものかおわかりでしょうが,簡単に,ここでもう一度復習したいと思います。

AI-Artificial Intelligence これは,1956年にダートマス会議でできた言葉です。いろいろな心理学,計算機,あるいは,数学の研究者が集まりまして,計算機によって,知能を実現したい,つまり,人間にとって代わる計算機を作りたい,ということを考えて始まった技術です。では,計算機によって知能を実現する,とはどういうことでしょうか。哲学者に言わせると,「そんなことができるわけがない」と言い,あるいは,宗教家に言わせると,「そんなことをやっては,神の冒涜だ」ということになるわけです。しかし,ここでいう知能というのは,次のようなこと(チューリング・テストと呼ばれている)で代表されます。例えば,カーテンの手前から質問をします。質問をしますと,向こうから何か答えてきますが,その答は,果たして,人間が答えているのか,計算機が答えているのか,ちょっと迷ってしまうとします。このような形になれば,本当は機械が答えても,その機械,あるいは計算機は,「知能を持った」と言おうじゃないかということにするわけです。では,今,カーテンの向こうに,「もしもし」と言って,向こうの機械が,「はいはい」と答えたところで,「知能がある」と皆さんはお考えでしょうか。これは,20年前なら,知能があるといわれたかもしれませんが,今では,「そんなことは,機械では簡単にできる」とお考えでしょうから,きっと,知能があるとは思わないでしょう。時代の進化とともに,向こうにあるものに知能があるかどうかという判断は変わると思います。そういう意味で,AIという技術の完成はないですし,研究は永遠なわけです。AIがある程度できてしまうと,「それは,人間じゃなくて機械もできる」と当然のこととなってしまいますので,なかなかAIは終わらない,ということです。これは,失業しないという意味では,AI研究者にとってはなかなかうれしいことです。このように1956年,AIというものが唱えられ,ここでは,計算機による知能の実現が模索されました。それ以降,いろいろな研究がなされてきたわけです。ここでは,そのようなAIの難しい話ではなく,もう少し実際的な話をしたいと思います。

1956年に始まって,1960年代から現在まで,AIの研究,あるいは,計算機の応用の研究はたくさんされてきました。私は,これを三つの時代に分けたいと思います。

いちばん最初は,問題解決の時代。やはり,計算機に,人間と同じように考えさせたいと思って,一生懸命,アルゴリズム<推論>を研究しました。例えば,囲碁だのチェスだの,そういうものの研究をしたわけです。この研究は現在も続いておりますが,その次に新しい時代がきました。

1974年,ファイゲンバームが知識工学というのを提唱してきました。今までは,人間の知恵というのは,考えること,考えることに知恵があるんじゃないか,というような考え方でした。それが推論の時代だったわけです。ここでは新しい考え方を付け加えました。考えるだけではなく,みんな,経験があればうまくできるのではないか,ということです。つまり,熟練者というのは,何か経験を持ってるからうまくいくのであり,その経験を溜め込めば,そんなに頭が回らなくてもいいのではないか,データが大切であり,過去の知識が大切なのだという考え方であります。そして,1974年に始まったこのような考え方が発展しまして,今日に至ります。

今,エキスパートシステムというのは,各分野で実用化されています。我々の会社は,家庭電気製品から,プラント,計算機に至るまで,いろいろ幅広い事業をやっておりますが,エキスパートシステムは,まず大きな発電所や製鉄所,水力発電所のタービン,あるいは,それらのような大きなプラントの制御の所に使われました。その技術が,ビジネスの世界というか,計算機,情報処理の世界にも波及しまして,今では,いわゆるコンピュータ・トレーディングなどの証券の世界,あるいは,市場の世界といったところにも,適用されるようになってきました。ここでは,これらのエキスパートシステムが,どのように適用されているかという事例をご紹介し,それから先どこに行くのかということを,皆さんといっしょに考えてみたいと思います。答を先に言ってしまいますと,対話の時代,人間が中心になる時代になってくるのではないかというように思います。認知工学とか,ヒューマン・インターフェイスという言葉がもてはやされていますが,新しい方向は,人間,つまり,人が中心になるということではないでしょうか。この辺のところに,思いを馳せながら,エキスパートシステムの具体的な例をご紹介したいと思います。

ここで簡単に,エキスパートシステムとはどういう原理かということをご紹介します。エキスパートというのがいます。例えば,お医者さん。あるいは,溶鉱炉の火の色を見て,どのようにタールや鉄の材料を流し込もうかというようなことを考えるエキスパートがいます。彼らは50年,その現場で働き,勘を養い,いい鉄をつくるようなノウハウを持っているわけです。これらの,エキスパートの知識やノウハウというものを計算機に移植して,初心者やエンドユーザーでも広く利用できるようにしたシステムを,エキスパートシステムといいます。銀行にもエキスパートシステムが入っています。そこでは,ファイナンシャル・プランナーといって,どのように利殖をしたらいいか,あるいは,どのようにローンを借りたらいいかなどに対するノウハウが読み込んでありまして,最も優れたノウハウに基づいて,上手なお金の借り方,お金の貸し方,運用の仕方,あるいは,アパート,マンションの建て方というようなことを教えてくれるエキスパートシステムがあるはずです。このようなエキスパートシステムが,今では身近な分野でも実用化されるようになってきました。

では,エキスパートシステムアプローチとは,どういうアプローチでしょうか。これには,二つの特徴があります。第一はデータ中心主義です。従来は,アルゴリズムを中心としていましたが,これは知識中心主義です。プログラムを作るというのは,実は,アルゴリズムを作っているわけで,これは,アルゴリズム中心主義です。エキスパートシステムの場合はそうではありません。アルゴリズムは簡単です。ただし,データはたくさん置いておきます。ポイントは経験的に得たデータを,そのまま利用するというところにあります。従来は,アルゴリズム中心主義で,対象を分析し,モデル化するということをしましたが,そういうことはしません。エキスパートシステムアプローチの第二の特徴はプロトタイピング手法です。皆さんは多分,計算機,端末に向かって,対話的にプログラムを開発されていると思います。しかし,昔はそうではありませんでした。プログラムというのは,卓上で作って,カードでパンチし,コーディングして,パンチして,計算機にかけておりましたが,今はそうではなくて,TSSで作り,あるいは,作ってすぐ動かし,検証して,またすぐ直す,という試行錯誤を繰り返します。これがプロトタイピング開発手法です。このような二つの技術が,具休的に,正確にモデリングできない分野,例えば,株価の動きがどうなるだろうかというような分野でも,計算機を上手に使えるようにしました。それから,先ほどの,製鉄所の例で言いますと「鉄の色が,明るいか暗いか,その時にはどう操作しよう」というようなノウハウが伝授できます。また,エキスパートシステムアプローチは現場の専門家が,直接,開発に参加できる,既存性システムと親和性がいい,それから,開発コストが小さいなどの利点もあります。現在,このようなメリットを生かした,たくさんのエキスパートシステムが使われております。

もう一つだけ,事例じゃない話をさせていただきます。今まで話したように,エキスパートシステムというのは,プログラムを作るのではなく,たくさん知識を入れようというシステムであります。普通は,推論エンジンというところと,知識ベースというところとの二つからできています。しかしながら,今,見直しの時が来ています。なぜかと言うと,実は,知識をたくさん入れるのは,プログラムを書くのと同じくらい大変じゃないか,というようなことが言われ始めてきました。そこで,計算機の最先端のところでは,このような知識をどうやってうまく作ればいいかという「知識獲得」と呼ぶ技術が,たくさん研究されています。

難しい話ばかりなので,少し,具体的な事例についてお話ししましよう。

ある計算機室の中に,いろいろなものを置かなくてはいけない。それを置くためにはどうしたらいいかという仕事をさせるプログラムを開発するとします。昔は,このようなものは,CADのプログラムの一種として,いろいろ開発したわけです。次は,知識ペースに知識を入れて,処理をする,つまり,ルールベースで処理をするということがやられました。これらは,アメリカのDECという会社が,随分一生懸命やり,有名になりました。しかしながら,if~thenルールで知識を書くというのは,非常に大変だという時代になってきました。そこでより簡単にシステムを開発するために,新しいやり方,第三のやり方を採ったシステムが開発されました。過去の事例をたくさん入れたシステムです。こういう計算機の部屋も設計したことがあるというような過去の事例がたくさん置かれるわけです。このシステムは,それらの事例の中から,役に立つところだけを取り出して新しい設計をしようというシステムです。つまり,ある部屋の中に,ある装置を置こうというようにしますと,まず最初に,いくつかの事例の中から,一番近い事例で配置を決めます。一つの事例だけでは,すべてが置けない場合は,また別の事例を持ってきて配置します。事例は,まったく同じ部屋の大きさではありませんので,何か別の例を持ってきて使いますと,はみ出してしまいます。今度は,また別の事例で,そのはみ出しを取り除き,そしてまた,大きさに合うものを置く,というような形をとるシステムであるわけです。これを,事例推論といいます。昔は,プログラミングをし,エキスパートシステム時代になってif~thenルールで書くようになりました。それが,プログラミングもしないif~thenルールも書かないというようなインターフェイスになってきたのです。これで,プログラマからみたら,やさしいコンピュータになってきているのではないかと思うのですが,いかがでしょうか。

もう一つ,別の例をお話ししましょう。計算機がよく使われるものに,スケジューリングというのがあります。例えば,わかり易いように,学校のスケジューリングを考えてみましょう。学校には教室が,仮に10個あるとします。これらに,いろいろな科目を置かなくてはいけない。難しいスケジューリングの例としましては,新幹線のダイヤや,列車のダイヤ編成がありますが,ここではわかり易いように,簡単な例を挙げました。科目にはそれぞれ,何回やらなくてはいけないとか,VTRを使うとか,あるいは,定員は何人だとか,どの先生がどの科目を担当できるかなどの属性の情報がついています。それらの科目をそれぞれの教室にうまく配置するというのが,この場合のスケジューリングの問題です。従来,このようなものはプログラムで書いてきました。それが,エキスパートシステムの時代になり,そのプログラムは書かずに,過去のルールを入れて書くようになりました。しかし,それでもまだ難しいのです。大抵の場合,どんなことをやって欲しいかということがよくわかり,多少のプログラミングの才能があれば,計算機プログラムを作ることができるのですが,自分はどんなことがやりたいかということがわからない場合は,意図に沿ったプログラムを作ることは,なかなか難しいことです。ここでは,ユーザーは何がやりたいのか,あまりよくわからない場合でも,手伝ってやろうというシステムとなります。これは新しい考え方です。例えば,授業は休日には配置しないとか,定員を満たすような教室を使うとか,講師は1日に1コースだけとかいう制約条件をいろいろと書きます。しかしながら,このように書いていることが,これで十分かどうかはわからないのです。わからないところでも,不確かながら解は出ます。正しくない条件の中でも,解は出てきます。今,解を配置したとします。配置されますと,これとこれは変えた方がいいということに気づいたりします。どのような制約を入れたらいいのか,どのような条件があるのかは,はっきりは言えないけれど,どうも出てきた解はまずい。これはきっと,自分が考えていない制約があり,自分があまりちゃんと言明していないことを望んでいたんだ,ということに気づくわけです。例えば,ある科目とある科目の順序を逆にする方がいいと気づきます。それを修正しますと,いろいろなことを計算機は考えてくれます。今入力した修正は,例外的な変更なのか,あるいは,A講座は,B講座よりも先にやるということなのか,あるいは,OSの講座を言語の講座より先にやるということなのかなどを推測します。計算機の方は,何故そのユーザーが,「これとこれはまずいから変えろ」と言ったのか,その理由はよくわかりませんけれども,推測できる理由を全部調べて表示します。このようにすれば,「私は最初言わなかったけど,実は,こういうことが言いたかったんだ」ということにユーザーが気づいてくれるというわけです。そして,これだと指定しますと,その制約を入れて,もう一回やりましょうということになる。また新しいスケジュールができるというわけです。このようにすれば,人間がちょっと考え落としていたものも,計算機が少し助けてくれます。従来の計算機の使い方よりは,少しやさしくなったのではないでしょうか。なかなか,人にやさしい計算機を作るのは難しいわけですが,このように,人間の考え方を助けるという方向にやさしくすることは,いろいろなされています。

私は,最近,エキスパートシステムの中でも特に,金融業界に対するエキスパートシステムの開発を,随分手がけてきました。金融業,簡単に言えば銀行ですが,銀行に対するエキスパートシステムというのは,いろいろなところで使われています。1988年頃から,年金やローンをどうしたらよいか,という相談窓口のところに,エキスパートシステムが使われています。それから,1989年あたりから出てきたものは,審査や,監査というものです。例えば,不正な株価のつり上げなどがあり,社会のルールに反した,アン・フェアな取引をする人がいます。そういうものを審査したり,監査したりする,あるいは,不心得な支店長が発生しないように監査する,審査するというシステムに使われてきました。それから以降,1990年頃から増えてきたのが,意志決定支援,ディーリング支援であります。この部分の話を二つほどご紹介しましょう。

一つ目は,債券のディーラーのためのシステムです。このディーラーというのは,値上がりすると思ったなら債券を買い,値下がりすると思ったら債券を売れば儲かるわけです。ですから,値が上がるのか下がるのかという市場の予測が大切です。このようなことを,毎日毎日やっているわけです。ところで,優秀なディーラーと優秀でないディーラーというのがやはりいまして,非常に心労の激しい業種です。実際的に,どういうことで判断をしているかといいますと,例えば,「ブッシュさんが倒れた」,あるいは「湾岸戦争が始まった」など,いろいろなニュースでも判断しますが,それだけではなく,値の動き方ということを見ながら判断する部分もあります。値動きが小さめの時は,極端に今度は下がるかもしれないという経験的な予測ルールを当てはめ,「もうすぐ下がるかもしれないから今売っておこう」ということになるわけです。従来のエキスパートシステム,つまり,知恵を入れておく計算機システムで,ディーラーを支援するにはどうしたらいいのでしょうか。それは,過去の経験を入れておけばいいということになるでしょう。そうすれば,経験豊かなディーラーの知恵が使えて,新米のディーラーでもたくさん儲けることができると考えるのがコンピュータ・トレーディングです。しかしながら,現実には,そんなに単純ではありません。人と同じことをやっていたのでは,儲からないのが実状です。コンピュータ・トレーディングでやっても,株が暴落したりするように,ある程度は儲かりますが,世の中の情勢にはなかなかついて行けないわけです。

ある銀行では,ディーリングサポートシステムを使って10年国債の先物市場の,三ヵ月の値動きを示すグラフを見て,その値動きを予測していますが,予測するのはなかなか難しいことです。昔から使われている経験的手法にローソク足というものがあります。値下がりを示す黒い線と,値上がりを示す白い線の組み合わせの様々な形を判断し,上がるか下がるかを予測する手法です。それから,移動平均線という経験的読み方もあります。値動きの平均を少しずつずらしながら取っていくのですが,それらの線がクロスしたらどうなるか,上から下に線が横切ったらどうなるかということで予測するわけです。こういった経験的ルールがたくさんあります。では,もし儲けようと思うならば,今までのルールを全部かき集めて,予測すればいいじゃないか,ということになります。確かに予測できます。ある時点で,ちょっと下がると予測できるなら売ろうということになりますが,従来のエキスパートシステムの発想はここまでなのです。しかし,これでは本当に人(ディーラー)にやさしくはないのです。どの銀行,どの機関投資家の人もみんな,このような予測はするわけです。それから先が問題なのです。それでは,ディーラーのために予測するにはどうしたらいいのでしょうか。ディーラーが,新しいことを考えていかなくてはいけないのです。例えば,毎日,取引の終わりに,「こういう時は下がると予測したから売ったのに,実際は上がってしまった,損したな」ということに気がつくと,ディーラーはこの過去の同じようなパターンを全部捜してきて,これらを見て,新しいルールを考えるわけです。「最近,こういうようなルールがヒットしたら値が上がるということは,新しい考え方を入れなくてはいけない」ということで,日々ルールを改良します。これが,ディーラーの本当にやりたいことなのです。ディーラーは,新しいルールを考案してシステムに入れます。そうすると,このルールはあたっているかどうかということを,いろいろ過去のデータで調べて,今度は,うまく表示してやるのです。この,表示するところが大切で,「こういうことを考えたらどうですか」という刺激を与えてやる。このようにすると,このディーラーの本当に役立つシステムになると思いませんか。従来は,昔の情報を使っているだけでしたが,今度は,考えることを支援しようというわけです。従来よりは,ずっとディーラーにやさしいコンピュータシステムになってきているわけです。

同じようなことは,銀行の中のセクションでも,ファイナンシャルエンジニアというのがあります。できるだけうまいお金の運用法,どうしたら得ができるかというようなことを考えるプロです。ファイナンシャルエンジニアに対しては,例えば,ドイツの金利が上がるかどうかなど,彼の予測を入れてシミュレーションをし,どうなるかということを見せてやるという,そういうシステムになります。ファイナンシャルエンジニアがドイツマルクの動く範囲を予測します。このように予測しておきますと,マルクを買う,あるいは,ドイツにお金を預けるという形になった時,得か損かということの条件に応じた変化がわかります。いろいろなお金の運用法がありますが,リスクが小さくてリターンの大きいものほどいいわけです。そこでいろいろな運用を考えてみて,「この組み合わせの金融商品,取引の形態をとると得だ」と,これらを見て,「ちょっと儲け過ぎだから予測が甘過ぎるのではないか」ということを判断しながら,つまり,考えながらやるわけです。

先ほど,従来のエキスパートシステムは,エキスパートの知識を入れてあるから,初心者でもこの知識を使うことができると言いました。例えば,鋼鉄の焼き入れをする人が炎の色を見て判断するとか,あるいは,お医者さんの知恵を入れておけば,素人でも病気の診断ができるとかいうようなことです。このように,従来は,初心者のためのシステムを作っていたわけです。それが今,AIの世界,あるいは,エキスパートシステムの世界では,どのようになってきているかといいますと,エキスパートシステムが,初心者のためではなく,自分自身のためのシステムを作るようになってきているのです。エキスパートは,自分の知識,アイディアをこの中に入れ,それを計算機の力を使って,シナリオをシミュレーションします。例えば,あるトレンドの中で,それと同じものはどこにあるかというのを絵の上できちんと見せ,その結果をグラフィカルに見せてあげます。あるいは,先に述べたスケジューリングで,講義をどこにやるかという例であれば,「あなたの考えたことはこういうことですか」というのを日本語で列挙してやります。このようなことをすることにより,実際のユーザーが,「私か考えたいことはこういうことだったのだ」というように,発想を支援してくれるという形になっています。このように,計筧機の使い方が変わってきまして,人間の考えることを支援するとか,あるいは,人間の本当にやりたいことをより直接的にサポートするという方向に,だんだん変わってきているのではないかと思います。

「人にやさしいコンピュータ」というのは,いろいろな尺度があると思います。例えば,大きな画面で見せる,マウスでなくてペン入力する,身ぶり手ぶりで話をする,あるいは,音声で入力するという,そういうハード的なインターフェイスの向上ももちろん必要です。このように,人間の物理的な特性や,生理的な特性,つまり,疲れないとか,緑の色で色調があって目にやさしいとか,見た目がエレガンスとか,あるいは操作がしやすい,というような物理的な特性だけでなく,人間の心で考えていることはどういうことか,人間の心にもう少し近づき,本当にやりたいことや発想の支援ができないだろうか,という認知特性も注目しなければいけませんし,それが期待されているわけです。そのようなところに,エキスパートシステムの技術が使えますし,今,発展していると思います。

最後に,私はディーリングのところでここ5年ほど仕事をしてきましたので,そのディーラーの将来がどのようになるかを予想してみましょう。これは実は,夢物語ではありません。もうほんの目の前の話です。半分くらいはできているのです。さて,その予想ですが,例えば,最近はニュースがリアルタイムに衛星放送で入ってきますが,ファイルの中にあるニュースから,連想検索,あるいは,要約をし,うまく翻訳をして,知りたいものだけがパッと出てくるというディーラーの判断,指示のための情報の提供が,オンラインになると思います。また,現在,もう七割くらい実現されていますが,取引のデータが,ディジタルフィールドといいまして,ディジタル情報で入ってきますと,それをいろいろ分析し,これは上がるかもしれない,下がるかもしれないという予測が出てくるようになるでしょう。それから,実際には,読まなくてはいけない書類というのが,音声の合成で耳でも入ってくるようになるでしょうし,これも,我々のところでやっていますが,市況のファイルから,ニューラルネットワークを使って金利を予測し,別の見方での予想が入ってくるようにもなるでしょう。それから,自分で考えたものを投入し,いろいろな最適手法,あるいは,平易な技術を使ってシミュレーションして,もしこうすればこうなるというような予測の支援,自分の発想の支援をすることも可能になってきます。これらの総合的な処理が,現実にはできつつあります。どうしてこういうところから進むかといいますと,こういうところは投資がたくさんできるからです。しかし,このような,お金をかけるところだけではなく,我々の家庭でも,もう10年もすれば音声で新聞を読んでくれたり,あるいは実際にディジタルに情報を見ることができ,自分の考えた通りにやってみるとどうなるかということを予測,支援する,あるいは,発想を支援してくれるというシステムができるのではないかというように思います。

(京都コンピュータ学院京都駅前校舎竣工記念フェスティバルより)

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