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Accumu Vol.12

宇宙の誕生と宇宙の未来

東京大学理学部長 佐藤 勝彦

はじめに

我々の住むこの世界には始まりがあったのだろうか?もし始まりがあったならそれはどのように始まったというのだろうか?始まりの前はどうなっていたのだろうか?

我々の住んでいる世界,つまりあらゆる物質的存在をすべて含む宇宙の始まりについての疑問は人類の歴史が始まった頃から,神話や哲学の課題として問われてきたものである。

20世紀の爆発的な物理学の進歩と天文学的な観測の進歩によって,これらの問いかけに対していまや我々は「ビッグバン宇宙モデル」という科学的な答えを持っている。

また,同時に我々人類は,これからの未来についても知りたいと思う。今宇宙はビッグバンという始まりからずっと膨張を続けていることが知られているが,この膨張は何時までも続くのか?もしくはいつか収縮に転ずるのだろうか?もし収縮するならいつか宇宙はビッグバンの始まりと同じような高温高密度の状態に帰るのだろうか? 現在これらの問いに科学的に答えられる理論はないが,観測の進歩により宇宙の未来を示唆するデータも現れるようになった。この解説では,歴史を振り返りながら最近の研究の進展について解説したい。

ビッグバン宇宙の発見

科学的に宇宙の起源が研究できるようになったのは,アインシュタイン以後である。なぜなら,空間とはまた時間とはいったいなになのか(時間と空間をあわせて時空という)ということが議論できなければ,この問いに科学的に答えることはできないのである。アインシュタインの相対性理論によって始めて,時空を科学の対象として研究することができるようになり,始めて「始まり」が研究できるようになったのである。

1922年,ロシアのA・フリードマンはアインシュタインの方程式を計算することによって,宇宙が膨張したり,収縮することを明らかにした。宇宙は大きなスケールでは銀河の宇宙である。宇宙が膨張するということは,銀河と銀河の間の距離がどんどん大きくなることである。私たちは天の川銀河というありふれた渦巻き銀河の一つに住んでいるが,あたかも自分は宇宙のきらわれ者であるかのように,周りの銀河はすべて遠離って行くように見えることになる。1929年,ハッブルによって,銀河が実際遠離っていることが発見され,フリードマンの予言は証明されたのである。

今宇宙が膨張しているなら,過去にさかのぼれば宇宙は銀河も星も,さらには原子や原子核まで圧縮合体したような,きわめて物質密度の高い状態であったはずである。ベルギーの神父,G・ルメートルは,そのような初期を原初原子と呼び,そこから宇宙は始まったと考えたのである。しかし,ルメートルは初期の宇宙が火の玉のような高温であるとは決して考えなかった。原子核物理学者であったガモフは,宇宙全体が一つの原子核のような状態から宇宙が膨脹をはじめたならば,今宇宙に存在している水素からウランに至る元素を宇宙の始めに合成できるかどうかを研究していた。そして宇宙が熱い火の玉として始まるなら,元素の起源を説明できると考えたのである。さらにガモフと協力者はその火の玉の名残である「マイクロ波の電波」が今の宇宙に充満しているはずであると予言したのである。1965年,ベル研究所のA・ペンジャスとR・ウイルソンはこの電波「宇宙背景放射」を発見し,ここにビッグバン理論は確立したのである。

ビッグバン理論はほとんどの観測を見事に説明することのできるすばらしい理論である。しかし,それにもかかわらず大きな謎が残されている。「それはなぜ宇宙は火の玉宇宙として始まらなければならなかったのか?」という疑問である。さらに,若きころのS・ホーキングがR・ペンローズと証明したように,宇宙は「特異点」から始まることになっている。「特異点」は相対論自身も含む物理学の破綻するところであり,そこから宇宙が始まるとは,いわば「神の最初の一撃」によって宇宙が創生されることを認めるようなものである。科学はいうなれば「神のみぞ知る」ことを物理学の法則で示すことであり,科学の理論としてはなんとしても「特異点」を除かねばならない。

図1 現在の宇宙創生のパラダイム。 時間も空間もない
図1 現在の宇宙創生のパラダイム。
時間も空間もない"無"の状態から生まれた量子宇宙は
直ちにインフレーションを起こしマクロな宇宙となった。
現在の宇宙を満たす物質エネルギーはインフレーションによって作られたものである。
インフレーションによって仕込まれた密度揺らぎは成長し
今日の銀河や銀河団などの構造を形成する。

1981年,私は力の統一理論に基づいて「宇宙は開闢のころ,"真空のエネルギー"に働く宇宙斥力によって加速度的な急激な膨脹を起こし,その急激な膨脹が終わるとき,"真空のエネルギー"が熱エネルギーとして解放され今日の火の玉のエネルギーとなった。」という理論を提唱した。力の統一理論は物質世界を支配している4つの力(電磁力,重力,強い力,弱い力)を一つの理論としてまとめ上げようとする理論である。この理論はアインシュタインが晩年,プリンストンで研究していたが,夢に終わったことから,「アインシュタインの夢」ともよばれる。現在も完成していないが,その未完の理論からも,宇宙の進化を予言することができるのである。この理論はアメリカのA・グースによって同様なモデルが独立に提唱され今日インフレーション理論と呼ばれている。インフレーション理論のもう一つの興味深い点は,宇宙を無限に作ることのできることであろう。私と共同研究者は引き続き,インフレーションが空間的に凸凹に進むならば"母宇宙"から"子宇宙"が,さらに"孫宇宙"が生まれるというように無限に宇宙がうまれるという「宇宙の多重発生理論」を提唱した(図1)。またA・リンデはカオチックインフレーションモデルと言う理論では量子論的なゆらぎによって,自己創生的に無限の宇宙が生まれることを示している。最近このような無限に存在する宇宙の総称として,universeのuniをmultiに取り替えてmultiverse(無量宇宙)と呼ばれている。

図2 COBE衛星の描き出した宇宙開闢から30万年頃の宇宙の姿。宇宙の構造の種となる凸凹はインフレーション理論の予言とよく一致する。
図2 COBE衛星の描き出した宇宙開闢から30万年頃の宇宙の姿。
宇宙の構造の種となる凸凹はインフレーション理論の予言とよく一致する。

インフレーション理論の観測的に重要な予言は,宇宙の構造の"種"を仕込むことである。グレイトウォールなどの巨大構造から,銀河団,銀河などに至る宇宙の構造はインフレーション時に物質密度の凸凹として仕込まれた種が,重力によって生長したものなのである。1992年,米国NASAの打ち上げたCOBE衛星は,宇宙開闢から30万年のころの宇宙の姿をえがきだした。そこにはインフレーション理論の予言した凸凹が見事に描き出されていたのである (図2)。

インフレーション理論は,宇宙の創生論としてはそれだけでは不完全である。火の玉の起源,構造の起源も,また無限の宇宙の存在も予言するが,母宇宙とも言うべき最初の時空の存在を仮定しているからである。ウクライナ生まれのA・ビレンケンは宇宙が時間も空間もない"無"の状態から生まれるモデルを提唱した。ミクロの世界を支配する量子論にしたがうならば,時間も空間も存在しない"無"であっても,そこには揺らぎが存在し,その揺らぎからトンネル効果によって宇宙は生まれるのである。その宇宙は,直ちにインフレーションを起こしマクロな宇宙へと成長していく。ケンブリッジ大学のS・ホーキングは無境界仮説を提唱している。宇宙が虚数の時間として始まるなら,「特異点」はもはや存在せず,したがって神の一撃も必用とせず,全て物理学の法則によって宇宙の創生も語れるというのである。創生された宇宙がやはり直ちにインフレーションを起こすことを始め,ビレンケンの理論とほとんど同じシナリオとなる。宇宙の創生を量子論にしたがって研究するためには,相対論を量子化しなければならない。しかし,かつてアインシュタインが量子論は不完全であると考え「神はサイコロをふりたまわず」と言ったように,量子論と相対論の相性は悪く,宇宙の創生論には内部に矛盾も含まれており未完の理論である。

図3 ハッブル望遠鏡の描き出した,極めて遠方の宇宙の姿。 遠方とは宇宙の初期である。不規則な銀河など銀河や星が生まれた頃に迫る写真である。
図3 ハッブル望遠鏡の描き出した,極めて遠方の宇宙の姿。
遠方とは宇宙の初期である。
不規則な銀河など銀河や星が生まれた頃に迫る写真である。

この20世紀は人間の歴史の中でもきわめて特異な科学革命の時代であった。私たちは現在プランク長さとよばれる10のマイナス33乗cmのミクロの世界から,観測的な宇宙の果て,100億光年,つまり10の28乗cmというマクロの世界まで知っている。人の体の大きさと比べ,あらっぽく言えば小さい方,大きい方どちらにも30桁の世界までわれわれは知っているのである。相対論と量子論という物質世界を探検する2つの武器がこの20世紀初めに作られ,一挙に世界は広がったのである。われわれは20世紀前には考えも及ばなかった統一的な宇宙論をもっている。もちろん,「無からの生まれた宇宙がインフレーションを起こしビッグバン宇宙となった。その中で構造形成が進み今日の豊かな構造をもった世界が作られた」という今日のパラダイムは,観測によって検証されなければならない。実際20世紀末になって,人工衛星からの観測,CCDなどの光電素子,高速計算機などのハイテクにより,かつてはみることのできなかった遠方の宇宙が描き出されるようになってきた。宇宙では遠くを見ることは過去をみることである。最近ハッブル宇宙望遠鏡は,宇宙が現在の大きさの10分の1程度であったころの姿を描き出している。それは宇宙が始まってまだ2,3億年しか経ってないころの姿である。そこにはすでに不規則な銀河状の天体が密集している(図3)。

ブレーン宇宙論

図5 エキビロテイック宇宙モデル。高次元空間中の3次元の次元を持つ2枚のブレーンが衝突を繰り返す。このうちの1枚が我々の宇宙である。衝突の瞬間がビッグバンに対応する。宇宙はビッグバン後,通常の減速的膨張のあと,加速度的な膨張をおこす。しかしやがて収縮に転じ再度2枚の膜は衝突を起こしビッグバンを起こす。このモデルの宇宙は膨張収縮を繰り返す振動宇宙モデルで,時間に始まりもなければ終わりもない。
図5 エキピロテイック宇宙モデル。
高次元空間中の3次元の次元を持つ2枚のブレーンが衝突を繰り返す。
このうちの1枚が我々の宇宙である。
衝突の瞬間がビッグバンに対応する。
宇宙はビッグバン後,通常の減速的膨張のあと,加速度的な膨張をおこす。
しかしやがて収縮に転じ再度2枚の膜は衝突を起こしビッグバンを起こす。
このモデルの宇宙は膨張収縮を繰り返す振動宇宙モデルで,
時間に始まりもなければ終わりもない。

宇宙創生の量子論の最近の話題は,高次元空間での宇宙の創生である。超ひも理論の進展により多様なアプローチが進められている。最近の新たな,もっとも興味深い宇宙のモデルは「ブレーン宇宙モデル」である。

究極の統一理論となりうる超ひも理論として考えられているM理論の示唆するところでは,11次元空間の中に図5のように3次元の膜(ブレーン)が存在し,その膜の1枚が私たちの住む宇宙である。私たちの宇宙に存在するあらゆる物質はこの膜の中に閉じこめられており,他の次元の方向に逃げ出したり,またその方向を見ることもできない。唯一の例外は重力で,これは膜からしみ出して隣の膜にも影響を及ぼす。

スタインハートとチュロックはこの2枚の膜が衝突することがビッグバンに対応するのではないかと考え,エキピロテイック宇宙モデル(Ekypyrotic Universe Model)を提唱した。この言葉はギリシャ語の大火を意味するエキピロシスから取られたものだ。彼らはこの衝突が一回ではなく無限に続くのではないかと考えたのである。

私たちの宇宙に対応する膜がまず別の膜と衝突し,ビッグバンが起こる。宇宙はビッグバン後,通常の減速的膨張のあと,わずかに残存している真空のエネルギーによって加速度的な膨張をおこす。しかし,やがて真空のエネルギーも小さくなり,収縮に転じて再度2枚の膜は衝突を起こしビッグバンを起こす。つまりこのモデルは,宇宙は膨張収縮を繰り返す振動宇宙モデルで,時間に始まりもなければ終わりもない。

これまでも振動宇宙モデルが提唱されてきたが,第1の困難はホーキングとペンローズの特異点定理から逃がれることができなかったこと,第2の困難は回数ごとに宇宙のエントロピーが増大することである。後者は何ら問題がないように思われるが,過去に遡ればエントロピーは有限の時間でいずれゼロに近づく。そこが時間の始まりとなり,やはり時間の始まりを避けられない。

しかし,エキピロテイックモデルはひとつのシナリオであって多くの批判もある1)。ブレーン宇宙モデルは現在多くの研究者の興味を引きつけ,大きく進展しつつある。これが新たなパラダイムとなるようなものとなるのか,ひとつの流行なのか現時点では判断できないが,たとえ後者であっても,このモデルが豊かな内容を持っていることは確かだ。

暗黒物質,暗黒エネルギー,宇宙の未来

図4 スローンデジタルサーベイ(SDSS)の描き出した25億光年にわたる宇宙の地図。扇の要が我々の銀河系の位置。
図4 スローンデジタルサーベイ(SDSS)の描き出した25億光年にわたる宇宙の地図。
扇の要が我々の銀河系の位置。

20世紀の急激な科学技術の進歩を背景として,人類は宇宙に人を送ることもできるようになった。1969年,アポロ11号の船長,アームストロングが月面に人類として最初の一歩をしるした時,彼の発した言葉,「私という一人の人間にとっては小さな一歩であるが,人類にとっては偉大な一歩である」は実に象徴的言葉である。現在米国を中心として,日本,ヨーロッパなどが協力し宇宙ステーション「フリーダム」の建設が進んでいる。近い将来,ここより火星に向かう宇宙船が出発するであろう。SFで語られているように,100年スケールで人類が太陽系,さらには銀河系宇宙に羽ばたき,宇宙の隅々まで広がっていくことができるのかもしれない。そして宇宙の存在する限り人類は繁栄を続けることができるのかもしれない。それでは宇宙そのものの未来は何で決まっているのか?。

宇宙科学の20世紀最大の成果は,私たちの住んでいる宇宙がビッグバンとよばれる大爆発によって生まれ,今も膨張を続けていることの発見である。膨張と共に温度が下がり,ガスがかたまり銀河や星が生まれ今日の多様で豊かな世界が実現したのである。人類のように自らの存在を認識し,宇宙の誕生や進化を知る知的生命体は,宇宙のなかで,もっともすばらしい創造物と言えるであろう。それでは,宇宙の膨張は永遠に続くのか?。

宇宙の膨張はアインシュタインの一般相対論の方程式を解くことで計算できる。この方程式は次の3つの可能性を予言している。1)収縮に向かいビッグクランチに終わる。2)常に減速しているものの,永遠に膨張を続ける。3)初めは減速しているが等速で膨張を続ける。この3つの可能性のどれであるかは天文学的観測によって調べるしかない。宇宙に存在している物質エネルギーが大きいと,それに働く万有引力によって,膨張は次第に減速し,いつか収縮に向かう。逆に少なければ万有引力を振り切って宇宙は単調に膨張を続ける。実は20年ほど前から,宇宙には万有引力を及ぼすことからその存在は確かなのだが,光や電波ではみることのできない「暗黒物質」が満ちていることがわかってきた。その量は星や銀河などを作っている通常の物質の30倍にもなる。暗黒物質の正体は,今もってまったく解らないが,その候補としては,質量を持ったニュートリノという粒子,また素粒子の理論が予言する,ニュートラリーノと呼ばれる粒子が考えられている。これらの粒子は地球でも,もちろん我々の体でも平気で通り抜けてしまう粒子である。最近神岡鉱山に設置された,スーパカミオカンデという装置はニュートリノが質量を持っていることを示したが,残念ながらその質量は小さく暗黒物質としては不足する。

暗黒物質がニュートラリーノという素粒子であるかは,巨大な加速器の実験で確認することができるであろう。スイスジュネーブ郊外にある,ヨーロッパ原子核素粒子研究所(CERN)では2004年を目指してラージハドロンコライダー(LHC)という装置が建設中である。この装置が稼働を始めると,素粒子の世界に超対称性という性質があるかが明らかになると考えられている。ニュートラリーノはこの超対称性理論からの予言でなのである。現在宇宙の運命を決めている暗黒物質の量は定まらず,宇宙の運命はまだ解っていない。これを決めるのが21世紀初頭の重要な研究となろう。

それではもし,我々は1)の収縮に向かう宇宙に住んでいたとすると我々の運命はどのようになるだろうか?収縮に向かった宇宙では次第に温度は高くなり,誕生時と同じような高温の火の玉となり灼熱の地獄として終焉,ビッグクランチを迎える。長い時間をかけて作られた宇宙の豊かな構造はすべて消滅する。一方反対に3)の場合のように物質の量が少なすぎると,もはや宇宙に終末はなく永遠に不滅である。しかしその宇宙では知的生命体が銀河宇宙を越えて広がっていこうとしても,宇宙膨張が速すぎるために広がることができない。知的生命体が全宇宙に広がっていくことが可能な宇宙は1)と3)のちょうど中間にあたる2)の場合である。このとき宇宙は膨張を続けるので無限の時間が約束されている。加えて宇宙の膨張は減速していくので知的生命体は無限の彼方まで子孫を拡散させていくことができる。プリンストン高等研究所教授であったF・ダイソンは「人類は百年スケールで太陽系内に居住区を建設し,千年スケールで太陽系内に満ちる。そして10万年スケールで銀河系内に満ち,1千万年スケールで銀河宇宙に宇宙生命体として永遠に宇宙に満ちる。」と夢みている。しかし,このように人類の末裔が宇宙に満ち永遠の繁栄を続けるという楽観論にたつとき,「なぜ我々は他の宇宙生命体から訪れられないのか?」という疑問が生じる。ありふれた恒星である太陽と同じような星は銀河の誕生の頃から,つまり100億年前から生まれ続けている。ダイソンの夢が正しいなら,そこで生まれた知的生命体は今銀河系に満ちあふれているはずである。この「なぜ訪れられないのか?」という疑問のもっとも簡単な答は知的生命体の社会は不安定なもので,その寿命は短く宇宙生命体となる前に自滅する。」というものである。人類は原爆水爆という自らを滅亡させる手段を半世紀前からにつくりあげたが,それ以上に人類を滅亡させる手段となりうる遺伝子操作技術も獲得した。環境問題,人口爆発,貧富の差の拡大も進んでいる。地球規模での情報と流通が大量かつ迅速になったことで,経済,社会のシステムが不安定となった。人類は宇宙生命体として発展するか,はかない終末を向かえるかの岐路にあるのかもしれない。

最近のもっともインパクトの大きな宇宙論的観測は,現在の宇宙には真空のエネルギーが満ちており,それに働く斥力によって宇宙は今加速度的膨張をしているという発見である。米国の科学雑誌,サイエンスは毎年,その年の科学の10大発見を発表しているが,1988年度の大発見のトップは,宇宙を加速度的に膨張させている”宇宙斥力の発見”であった。カリフォルニア大学バークレイ校のパーミュッタをリーダとする超新星宇宙論プロジェクトチームと,オーストラリア,マウントストロム天文台のシュミットをリーダとする高赤方偏移超新星探査チームが独立に真空のエネルギーの量は臨界密度の70%にもなることを示したのである。

真空のエネルギーが存在しているということは,アインシュタインの宇宙定数が存在していることと数学的に同等である。かつてアインシュタインは永遠不変な宇宙モデルを作るためにこの宇宙定数を導入したものの,ハッブルによる宇宙膨張の発見によって,1929年みずからもはや不要であると捨て去った。もし観測が正しいならアインシュタインの宇宙定数は70年ぶりに復活したことになる。さらに精密な観測が必要であるが,もしこの観測が本当ならば,実は宇宙は第2のインフレーションの時代を迎えていることになる。この加速度的宇宙膨張により,遠方の世界は地平線のかなたにどんどん消えていくことになる。 未来の我々の後継者が見ることのできる世界は,実質的にどんどん小さくなっていく。

しかし,いったいビッグバンから100億年を越えた今の時代に,なぜ第2のインフレーションが始まったのか? またこの第2のインフレーションは永遠に続くものなのだろうか? 再度何兆年後に真空の相転移がおこり第2のインフレーションは終了するのだろうか? しかし,わずかながらも再度真空のエネルギーが残され,第3のインフレーションが始まるのだろうか?。

真空のエネルギーが,宇宙初期から緩やかに減衰して今日の値になっているというモデルも提唱されている。最近減衰していく真空のエネルギーに,quintessence,つまり第5の元素という実に仰々しいい名前がつけられて盛んに研究が進められている。

まとめ

宇宙論研究は今二つの方向で進んでいる。第1は最近しばしば言われる精密宇宙論の方向である。20世紀末に宇宙論パラメータの基本的値はほぼ決まり、21世紀の課題はこれを精度よくきめ,かつインフレーションを含むビッグバン宇宙論を基に,宇宙進化の描像を明確に描き出すことである。まもなく解析結果が発表される宇宙背景放射観測衛星,MAPや,ESAが2007年に打ち上げるPLANCKは密度パラメータをはじめとする量をまさに精密に決めることになる。 また宇宙における構造形成、天体形成、化学進化の研究は,今爆発的に進みつつある。現在,すばる望遠鏡をはじめとする10メータクラスの巨大望遠鏡が世界で10台以上稼働する時代となりつつある。さらに,ハッブル望遠鏡の後継宇宙望遠鏡,NGST(New Generation Space Telescope) は その口径は6mクラスに縮小されたが計画は具体化しつつある。X線天文衛星,CHANDRA,NEWTONをはじめとして宇宙空間から全波長での観測が進んでいる。 宇宙論は,今はっきりと,“論”から天文学となったのである。21世紀前半には,観測によって豊かな宇宙進化の描像が天文学として描き出されるであろう。21世紀末には,COBEが宇宙開闢30万年ころの宇宙の地図を描いたように,重力波によってインフレーションの起こった頃の地図が描かれると夢見ることもできる。

しかし,同時に期待したいことは,従来の理論に矛盾,もしくはそれまでの理論では説明することのできない観測が出てくることである。 知の世界の体積が膨らめば当然それだけ,その表面,フロンテイア,も広がるのは当然である。実際,ダークマター,ダークエネルギーの問題は大きな謎である。我々は,我々の住んでいるこの宇宙を構成する物質の99%が何であるかをまったく知らない。第二の方向はこの謎へのチャレンジである。ダークマターの候補としては超対称性理論が予言するニュートラリーノをはじめとして各種の素粒子が考えられている。その直接検出を目指す実験も行われている。2007年に稼働するであろうLHCによって何らかの示唆が得られることを期待したい。一方ダークエネルギーの存在の"発見"はそれが正しいならば,宇宙論的意義以上に物理学の根幹にふれる発見である。

科学は矛盾や謎を解くことによって進む。これらの謎は21世紀宇宙論への鍵である。

以上について詳しくは,10月25日(土)の京都コンピュータ学院創立40周年記念講演会でお話しする予定である。

参考文献

1)日経サイエンス,宇宙論特集,2001年4月号

日経サイエンス別冊 「宇宙論の開」,日経サイエンス社,2001年11月

2)S.ホーキング,「ホーキング未来を語る」 アカデミー出版,2001年

3)佐藤勝彦,「宇宙は我々の宇宙だけではなかった」PHP文庫,2001年

この著者の他の記事を読む
佐藤 勝彦
Katsuhiko Sato
  • 京都大学大学院理学研究科博士課程修了
  • 東京大学理学部長
  • 文部科学省宇宙開発委員会特別委員
  • 元日本物理学会会長
  • 2002年紫綬褒章受章

上記の肩書・経歴等はアキューム12号発刊当時のものです。