トップ » バックナンバー » Vol.10 » IT革命とはなにか

Accumu Vol.10

IT革命とはなにか

京都大学総合情報メディアセンター 教授 美濃 導彦

①計算機から情報メディアへ

計算の機械化の研究は,17世紀中頃,パスカルによる計算機の発明から始まる。その後,電子技術の発展とともに計算をする機械は現在の電卓へと発展してゆく。パスカルが目指したものは電卓であった。しかし,電卓によって計算そのものをいくら速くしても人間が操作する限り限界がある。この問題は,計算を計算そのものと計算の手順に分けるという概念を生み出した。同じ機械でさまざまな計算を行うためには計算の手順を変えなければならない。すなわち,「計算対象になる数値と計算の手順を同じ形で表現し予め機械に与えておく」というプログラム内蔵方式の概念がフォンノイマンにより提唱され,現在のコンピュータの原型が生まれることになる。これ以後,電子計算機はどんな計算でもできるという意味で「汎用コンピュータ」と呼ばれるようになる。

計算対象である数値と,計算の手順であるプログラムを同じ形で表現するためには,表現の形式が必要となる。数字は古来より10進数を基礎として表現されてきた。電子的には,2つの状態を区別することは簡単であるが,10個の状態を区別することは困難である。そこで,数値を2進数によって表現するための単位としての0と1(これは0と1でないといけない)とプログラムを2つの状態の組み合わせによって表現するための単位としての0と1(これは2つの状態を区別するものであれば何でも良く0と1である必要はない)を導入することにより計算の対象である数値と計算の手順を統一的に表現したのである。この表現は数値を計算するメカニズムだけでなく,0と1を利用して世の中に存在するすべてのものをラベルとして区別する手段も提供している。この表現方法により世の中に存在するあらゆるもの(抽象的な概念も含む)が計算機で扱えるようになり,計算機が計算をする機械から情報を広く扱う媒体としての情報メディアに発展してゆく基盤となる。

汎用計算機が開発され稼働し始めたその時から,計算機に文字や音声,画像などのパターン情報を処理させようとする試みが始まっている。この流れは人工知能研究へとつながり,計算機が人間の視聴覚に対応する情報を処理する基本技術を確立させた。トランジスタからLSIへと進む半導体技術は計算機を高速化高機能化させると同時に小型化低価格化を驚異的なスピードで進めてきた。

また,汎用計算機間でデータを交換するディジタルデータ通信技術も,1970年代に大規模実験がアメリカで開始されている。この流れに沿って,光ファイバーによる光通信技術が発展し,通信コストを下げるだけでなく,映像に代表される大容量のデータの通信を可能にした。また,セル方式による無線技術は携帯電話に代表される移動体通信を爆発的に普及させた。

このような計算機技術とデータ通信技術の相互作用により,IT(情報技術-Information Technology)革命が起こっていると言われている。では,その本質について考えてみよう。

②IT革命の主役は情報メディア

人間の社会生活における最も重要な活動はコミュニケーションである。朝,起きてから夜寝るまでの間の生活を考えてもらいたい。一日で何人の人とコミュニケーションをしているだろうか?コミュニケーションをするために移動している時間も多いのではないだろうか。

図

では,コミュニケーションとはなんだろう。それは情報を双方向に伝達する過程であり,その結果双方が変化するものである。図を見ていただきたい。この図は2人の人間のコミュニケーションのモデルである。今,左の人間が右の人間に何か情報を伝えるという状況を考える。左の人間の頭の中にある情報は何らかの形でまず表現される。情報の表現にはさまざまなレベルがあるが,具体的には言語,画像などの表現メディアで情報を表現すると考える。情報の表現方法は一意ではなく,さまざまなものがある。この選択は情報を表現しようとする人の意図,状態などに依存する。表現された情報もまだ脳の中にあり,このままでは他人からは見えない。この表現された情報が,発声や動作,身振りなどとなり身体を使って表現されてはじめて右の人から観測ができるようになる。声や身振りは,空気や光を通信メディア(媒体)として右の人間の感覚器官を刺激し,それが神経を経由して脳に伝わり,そこで表現が再生され情報が取り出される。ある刺激から情報を取り出す過程もまた取り出す人の意図や状態などに大きく依存する。

この情報伝達過程のポイントの一つは情報の流れが一方向だけでは情報は伝わらないということである。情報を表現する過程の多様性と表現から情報を抽出する過程の多様性のため,一人の人間が一方的に話をするのでは情報はほとんど伝わらない。思い当たることはないだろうか?大学や専門学校での講義は聞いているだけの人が多かったと思うが,身についただろうか?この図の示すところは双方向の情報伝達が必須であると言う点である。すなわち,コミュニケーションには対話がなければならないのである。

IT革命という観点からは,表現メディアの国際標準化と通信メディアの電子化による対話の支援が重要になる。計算機がマルチメディアの表現を扱えるようになったことは,人間が普通にコミュニケーションに利用しているメディアが計算機により処理されるようになったと言うことである。データの記述形式の国際標準化により一度電子化されたデータは世界中どこでも交換できるようになった。映像などの大容量データを交換するためには低価格の高速通信が必要となる。インターネットは隣までの通信料を負担するという原則から始まっており,この草の根的なネットワークがほとんど無料の通信を可能にしてきた。インターネットが公共性を持つにともなって国家や民間がその強化を打ち出し,通信がさらに高速化される。データ通信が高速化されると情報メディアを介した人間同士の対話はますます快適になる。

IT革命の本質はこのようなマルチメディア,通信メディアの発展により,図に示した表現メディア以下の階層を人間の身体から切り離したことである。この時,これらの階層は携帯型の情報メディアとしての計算機によって実現される。人間が身体の能力を拡張するものとして携帯の情報機器を持ち歩き,それを介してコミュニケーションを行う社会がもうそこまで来ている。命の次に大切なものが携帯の情報機器になり,情報機器なしでは社会生活が営めない状況になる。このことを最初に指摘したのはマクルーハンであると言われている。人間の感覚機能が電子的に拡張され,電子メディアにより地球規模のグローバルビレッジが出現するというマクルーハンの指摘はまさに現実になろうとしている。最近,日本でマクルーハンの著作が再販され静かなブームになっているのも,多くの人がこの考えに共感するからであろう。筆者らのグループでは,このような社会を学問的に探究するものとして「情報メディア学」を提唱しようとしており原稿を執筆中である(世界思想社-「情報メディア学を学ぶ人のために」2001年春出版予定)。情報技術(IT)が,人間同士のコミュニケーションを支援する技術となったことがIT革命という言葉が使われる所以である。なぜなら,人間の社会活動の大半が他人とのコミュニケーションをベースとして成り立っているからである。現在はその初期の段階であるので停滞した経済を再生させる効果の側面しか強調されていないが,その本質を考えればさまざまなビジネスチャンスが生まれる。このチャンスを積極的に生かす心構えが必要である。

③コミュニケーションの電子化が生活様式を変える

情報メディアによるコミュニケーションの支援は,情報の伝達速度を飛躍的に向上させる。これにより,社会のスピードがますます早まり,さまざまな社会活動が影響を受け,我々の生活様式が大きく変わる可能性がある。その範囲は経済活動から教育,福祉にまで広く及ぶ。紙面の都合で多くを語れないのでここでは経済活動のみについて考えよう。

経済活動は情報メディアにより市場が全世界に広がる。情報の入った媒体を扱うのではなく,情報のみを売買する形態に変えることによってその恩恵が受けられる。お金を電子的にするか,情報伝達におけるセキュリティを高めるかの議論はあるが,情報のやり取りだけで終わる経済活動はその枠組みが変わってゆく。金銭,有価証券,書籍,音楽など,さまざまなものが考えられる。

これに対して,物流が伴うものは多少状況が異なる。消費財の売買は注文から購入までは情報メディアにより可能になるが,最後に発送の手続きが必要になる。ここでのコストがローカルの強みとなる。特に消費財が生鮮食料品や生活必需品である場合は,この傾向が顕著になる。いくら安いからと言って京都に住んでいる人が大阪まで野菜を買いに行くことはないのである。このように情報はグローバル性を要求してくるが,人間の日常生活は非常にローカルなものである。

17世紀に起こった産業革命は農村の住民を都市に集めるという社会変化を引き起こした。工業の進展は多くの労働力を必要としたからである。その結果,都市に人間が集中し生活環境が悪化した。また,労働者が苛酷な労働を強いられ階級闘争が発生した。現在起こっている情報革命は,自然な人間同士のコミュニケーションを電子化し高速化しているので,企業活動は同じ場所に集まらなくても出来るようになってきている。また,都市がもっている生活上の利点は情報のグローバル化のためにそれほど重要にならなくなってきている。この結果は,都市の人間を地方に引き戻す可能性がある。人間が都市に集中して住むのではなく,好きな環境でゆったりと暮らせるようになる。本当にそうなるのであろうか?物事には必ず両面性がある。情報革命に対しても良い面と悪い面をはっきりと見極める努力が必要である。

生物はその多様性が本質であり,人間もその例外ではない。社会にさまざまな選択肢が存在し,それぞれの人間が自分の意図や趣味により快適な生活が送れるような社会を実現するためのIT革命であるべきであり,そうなるように日々努力してゆく責任が我々にあることを十分意識してほしい。

この著者の他の記事を読む
美濃 導彦
Michihiko Mino
  • 京都大学 情報環境機構長・学術情報メディアセンター教授

上記の肩書・経歴等はアキューム22-23号発刊当時のものです。