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Accumu Vol.10

わたしの考える「IT革命」 その虚実皮膜について

京都コンピュータ学院技術教育統括部 部長 石田 勝則

①はじめに

近松門左衛門は江戸時代の元禄から享保にかけて京都で活躍した浄瑠璃作者であり,多くの秀作と「虚実皮膜の論」という芸術論を残し,72歳で没している。「虚にして虚にあらず。実にして実にあらず。虚実の境に真実がある。」という理論で,生涯この創作姿勢を貫いたといわれている。もちろん私が今回取り上げる虚実のテーマは,近松が活躍した歌舞伎の世界ではなく,ほかならぬITの世界についてである。

“IT(情報技術)”は1930年代のコンピュータの出現以来,コンピュータの世界では普通に用いられてきた言葉である。たとえば93年には工業調査会から出版された「ITが会社を変える」,96年にはコンピュータエージ社から出版された「2000年へのITプログラム」などの著書において,すでに“IT”という言葉が用いられている。ではなぜ昨年後半から「IT(情報技術)又は(情報通信技術)」や「IT革命」という言葉がもてはやされ,連日新聞紙面をにぎわしているのであろうか?それには三つの理由が考えられる。第一の理由は,今年7月に我が国で開催された九州沖縄サミットにおいて,「IT」が主要議題の一つとして取り上げられ話題になったこと。第二の理由はインターネットに代表される近年の情報通信の飛躍的な進展とマルチメディアと呼ばれている情報媒体のディジタル化の波が“I技術”の概念を大きく変え「IT革命」という新たな概念を形成しつつあること。第三の理由は1980年代には不況に喘いでいた米国経済が,1990年代にはいると「IT(情報技術)」の技術革新を軸に,驚異的な回復と発展を続けていること。このような流れの中で,米国を中心とする「IT革命」の潮流は,「IT技術」の劇的な進歩によりドライブされ,否応なく国家・企業・個人を巻き込んで,地球規模で社会の変革を要求しつつある。それでは,「IT技術」の劇的な進歩とはどのようなものであろうか。次にその点について考えてみたいと思う。

②「IT革命」を牽引する「IT技術」の革新

「IT革命」は同時に進行する三つの技術分野の革新が牽引していると考えられる。

第一はコンピュータ技術を中核とする電子情報分野の技術革新である。この分野の産業は通産省が所轄し,長く我が国のコンピュータ産業やソフトウェア産業の育成に当たっている。毎年通産省の外郭団体である電子振興協会が「パソコン白書」や,またコンピュータエージ社が「情報処理白書」などの白書を出版し,業界動向や技術動向についての情報を提供している。

近年の半導体集積回路技術の進歩は,情報処理機器の小型軽量化,高性能化,低価格化を飛躍的に進展させ,年間1000万台に近いパソコンが出荷され,一人一台といわれるまでに普及しつつある。その処理能力の向上は,安価なパソコンでも音声・画像・映像などのメディア情報をストレスなくディジタル処理することを可能にし,さらにWINDOWSの出現による操作性の向上は,パソコンの活用を専門家以外のユーザー層にまで広げることに貢献した。また,携帯電話やITS,ゲーム機,ディジタルTV等コンピュータと通信機能を内蔵した新しいポータブル型情報処理端末や情報家電がポストパソコンとしてパソコンを上回る勢いで普及しつつある。このように誰でも,いつでも,何処からでも,自分の使用目的に合った,安くて使いやすい通信機能を備えた情報処理機器を,消費者が簡単に手にすることが可能となりつつある。これを「モバイルコンピュータ革命」と呼ぶ人もいる。

第二は電子情報通信分野の技術革新である。通信といえば“電信電話”と相場が決まっていたが,1990年代に入り米国においてインターネットが一般に開放され,利用者は無料で世界中のコンピュータと情報を交換することが可能となった。この流れは米国のみならず世界中に波紋を広げ,人々のビジネスや暮らしの構造を大きく変えようとしている。かくて世界中の情報を保持する情報処理機器が世界的規模のネットワークに接続され,利用者はコストをかけないで自由に情報を授受できる基盤が誕生した。こうしたことから「IT革命」を「インターネット革命」と呼ぶ人もあるようである。

わが国の放送・通信産業を所管する郵政省も「平成12年度通信白書」において,インターネットとモバイル通信を中核とする次世代通信網の基盤整備計画を明らかにしており,この分野の技術革新は,放送と通信の融合も視野に入れながら今後も飛躍的に進展するものと思われる。

第三は情報メディアのディジタル化の革新である。情報メディアのディジタル化技術は従来,情報処理技術の一部と考えられてきたが,インターネットの普及により情報通信技術の分野においても重要性を増してきている。書籍・音楽・絵画・映画に代表される従来の知的生産物のディジタル化により,情報メディアは電子情報としてネット上を流通し,情報処理装置に蓄積され,自由に利用される世界が実現しつつある。また情報メディアのディジタル化はコンテンツそのものの価値を飛躍的に高めると同時に,電子図書館やバーチャル百貨店などの,サイバースペースやバーチャルスペースと呼ばれる実世界とは異なる新しい仮想世界が出現し,人々に新しい利便性を提供しつつある。これを「ディジタル革命」と呼ぶ人もいる。「IT革命」を引き起こしている背景には,これらの技術革新が相互に影響しつつ同時進行していることを認識することが重要である。

③「IT革命」がもたらす「IT社会」について

それでは「IT革命」は,必ずわれわれに豊かで実りある社会をもたらすのであろうか?今年出版された二つの白書を取り上げて考えてみたい。

今年7月に経済企画庁から出版された「平成12年版経済白書―新しい世の中が始まる―」の巻頭言で,堺屋太一経済企画庁長官は“来るべき21世紀は「IT技術」を中核とする「多様な知恵」の時代である。”と述べている。また白書は,“IT技術は,従来の規格大量型生産を前提とした工業化社会における技術とは異なり,物にかかわるハードウェア技術でも,また物と人との関係にかかわるソフトウェア技術でもなく,人と人との間に立つヒューマンウェア技術である。このIT技術はすべての企業の労働生産性を高め,経済成長を促す起爆剤であり,社会の変化のスピードを速め,社会に不確実性をもたらす。つまり「IT技術」では米国が一歩先んじているものの,先進諸国は20世紀の工業社会から,未だ経験しない知価社会,ナレッジベースエコノミー社会に突入しつつある。”と指摘している。この点について私は従来型工業産業を支えてきた物を生産する工業技術が衰退し,製造業が非製造業に取って代わられるとするならば,知価社会は成立し得ないと考える。米国ではニューエコノミーの振興と同時に自動車産業に代表される製造業が,「IT技術」による生産方式の刷新やITを活用した新製品開発により,新しい時代に適応しつつ成長を持続している。やはり有形財を生産する産業が再生してこそ,しっかりした知価社会の基盤ができあがるといえよう。

次に今年の7月に郵政省から発刊された「平成12年通信白書―ITが開く21世紀―」において,郵政省は次世代の通信インフラを整備するための前提となる将来のネットワーク社会を展望している。郵政省は平成10年12月に学識経験者や民間有識者で構成する電気通信審議会に“21世紀における高度情報社会の在り方と行政が果たすべき役割”について諮問をおこない,本年3月に「21世紀の情報通信ビジョン」として答申を受けた。

答申はITによる社会変革の成否が国の盛衰を大きく左右するとしており,また21世紀の日本の将来像として「世界と共鳴し合う魅力ある日本(IT JAPAN for ALL)」の創造を提起し,2010年には日本人と世界の人々にとって「住みやすい,訪ねたい,働きたい,投資したい」魅力に溢れた国にすることを目標に掲げ,種々の提言を行っている。しかしこれも来るべき「IT社会」の一つのビジョンとして評価できるものの,あくまで「ネット社会」の実現に焦点をあてた提言であり,さらに種々の立場からの検討が必要であろう。

④終わりに

電気通信審議会答申の原案はインターネットで公開され,一般の人々の意見を聴取すべく努力されたようであるが,こうした問題こそ時の政治家が中心となって国民の前に具体案を提示し,国民があるべき21世紀を自ら選択できる機会がもっと増えることが望まれる。同時にまた国民一人一人が「IT革命」の進展に関心を持ち,来るべき21世紀の「IT社会」の到来を座して待つばかりでなく,自分たちの手で望ましいIT社会を創り上げるという気概をもって「IT革命」に参加していくことが,「より豊かなIT社会」を創造することにつながるのではなかろうか。「IT革命」をバブル化させないためには,我々国民は,有形,無形を問わず,財の賢明な消費者として,またIT社会の創造者として,「IT技術」がもたらす虚実の世界に惑わされることなく,その皮膜にひそむ真実の世界を追求する知恵と忍耐を持ちつづけることが大切である。

参考文献

1.平成12年 経済白書(経済企画庁刊)

2.平成12年 通信白書(郵政省刊)

3.虚実の慰み 近松門左衛門(鳥越文蔵著)

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石田 勝則
Katsunori Ishida
  • 京都大学大学院数理工学研究科計算機工学専攻修了。工学修士。
  • 同大学大学院情報学研究科知能情報学専攻博士課程単位取得退学。
  • 情報処理学会会員,人工知能学会会員,言語処理学会会員,全日本漢詩連盟会員,近畿漢詩連盟幹事,京都コンピュータ学院洛北校顧問。

上記の肩書・経歴等はアキューム24号発刊当時のものです。