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Accumu Vol.15

さよならプルート 冥王星の76年

京都情報大学院大学 教授 作花 一志

1.冥王星の発見

遠西観象図説
図1 遠西観象図説

私達の先祖は何千年も前から天体の動きを眺めてきたが,いつの頃からか洋の東西を問わず,夜空に輝く無数の星のうちたった5個だけが奇妙な動きをすることに気付き,それをplanet(惑星)と呼ぶようになった。古代ギリシア人は惑星に神々の名を与えた,といってもみんな生臭い神々であるが。古代中国ではplanetに当たる言葉は「五星」である。漢書には歳星,太白・・・・という名称と木星,金星・・・・という名称が両方使われている。日本はこれらの言葉をそのまま輸入し,平安時代の陰陽師もそのように記した。「惑星」はオランダ通詞の本木良永(1735-1794)の創案した訳語で『太陽窮理了解説』(1792年)で使われているそうだ。また「游星」という言葉は同じく通詞の吉雄俊蔵(1787-1843)の作ったものらしい。彼の書いた『遠西観象図説』(1823年)という西洋天文学を紹介した本には「六星(水金地火木土:筆者注)ト衛星ト併セテ十七箇コレヲ游星ト云フ」と書かれている。図1は『遠西観象図説』の現物で本学教授山縣敬一氏より貸していただいたものである。[1]

地球が惑星に加えられて,ニュートン(1642-1727)の時代には土星が最果ての惑星であった。その後ハーシェル(1738-1822)が1781年,全天の星の分布を調べているうちに偶然発見した惑星には天王星という名が付けられた。それ以前に恒星として登録されたこともある。発見後まもなく天王星の実測位置と計算位置とが食い違うことがわかった。その原因は観測誤差でも計算間違いでもなさそうである。となるとニュートン力学は土星の運動まではうまく説明できたものの,その外は適用外なのだろうか?もしそうならばコペルニクス,ガリレイ,ケプラー,ニュートンという偉大な先人たちが築いてきた力学もここまでなのか?そりゃえらいことだ! ところがフランスのルベリエ(1811-1877)とイギリスのアダムズ(1819-1892)は事実をすべて受け入れ,かつ万有引力の法則も間違いなく,この食い違いは天王星の外にある未知の惑星の引力によるものと考えた。そしてこのわずかなズレから逆にその未知の惑星の位置や質量を予測した。1846年,二人は独立にほぼ同時に計算を終了し,プロシアのガレ(1812-1910)がその方向に望遠鏡を向けたところ,まさにその位置に新惑星が発見されたのである。この惑星は海王星と名付けられたが,単に新天体が見つかったというだけでなくニュートン力学の正しさと観測の精密さを同時に証明したものであり,科学史上非常に重要な出来事である。

ルベリエは水星の近日点が移動していく説明として水星の内側にも未知の惑星があるかもしれないと考えて,バルカンという名前まで付けていた。それを発見するには太陽面を通過する間に小さな斑点を見つけるしかない。皆既日食の度にそれらしきものが見えたという報告がなされたが,予報される位置とは食い違っている。結局見つかったものは黒点や彗星だったらしい。ところがアインシュタイン(1879-1955)が1916年に発表した一般相対性理論によって,水星の奇妙な運動は説明されることとなり,半世紀に及んだバルカン探しは空しく終った。

惑星の諸性質

ルベリエはまた海王星の外側にも新惑星の存在を主張した。80年間にわたって多数の天文研究者・天文愛好家がその予測と探索に携わり,さまざまな軌道要素と名称が提案された。中でも新惑星探しに最もエネルギーを注いだのはローエル(1855-1916)である。彼は新惑星と火星の運河の探索に私財をつぎ込み,私設天文台(現ローエル天文台)で亡くなる前年まで観測を続けたが,見つけることはできなかった。彼の遺志は引き継がれ,1930年になってトンボー(1906-1997)は1万枚以上の写真を撮影し,数百万もの星を調べた結果,ある新惑星を発見した。この新惑星は冥王星(プルート・・・冥府の神)と名付けられたが,Plutoはローエル(Percival Lowell)のイニシアルにもちなんでいる。[2]

ここにナインプラネッツという言葉が定着し,わが国でも「水金地火木土天海冥」というおなじみのゴロ合わせで記憶されるようになった。

2.冥王星の受難

観測技術が進むにつれ,太陽から60億kmの暗黒極寒の空間を250年かけて公転している冥王星は他の8惑星と比べさまざまな性質が異なっていることがわかってきた。他の8惑星はほぼ円軌道を描くのに,冥王星は海王星の軌道の内側に入り込む。他の8惑星はほぼ同一平面上を公転しているのに冥王星だけは軌道面が20度近く傾いている。サイズや重さは誰もが地球以上を予想していたが,その後の観測でどうやらずっと小さいらしいことがわかってきた。筆者の手元にある最も古い天文書『新天文学講座「太陽系」』(昭和32年版 ¥430)のp.113には「半径は地球の0.46倍,質量は地球の0.94±0.23倍」と書かれている。ところが1977年に冥王星は新局面を迎える。衛星が発見され,冥府へ渡る川の渡し守の名をとってカロンと名付けられた。驚いたことに冥王星の自転周期もカロンの自転周期もカロンの公転周期もすべて等しく6.4日である。これは冥王星とカロンは見えない棒のようなもので固定されて運動していることを意味する。この数値より冥王星の質量が求まるが,何と地球の400分の1しかなく,また直径は2300km,これではあの「月」よりも小さい!・・・冥王星より大きな衛星は木星や土星にはいくらでもある。これでも惑星なのか?だれもがそう思った。そして冥王星は特異な惑星と見られるようになる。トンボー自身もこれに満足せずさらに全天にわたって探索を続け,多数の彗星や小惑星を発見したものの,結局冥王星より明るい惑星はないとの結論に達した。

1980年代後半,CCD素子の応用によって,より暗い天体を見ることができるようになった。しかし海王星・冥王星の彼方はあまりにも遠く,新天体を見つけるのは容易ではない。安定した晴天・大望遠鏡に高感度カメラ・細心の注意力などすべての面にわたってのベストコンディションが要求される。ハワイ島のマウナケア山頂(標高4200m)にある天文台で5年間の悪戦苦闘の末,ついに1992年の夏,微かな小天体が発見された(仮符号1992QB1)。明るさは24等,太陽からの距離は65億km,公転周期は290年,直径はせいぜい200kmという。これぞ待ちに待った冥王星の外を回っている第十惑星か? いやそれにしては小さすぎる。サイズからすれば小惑星だ。このような小惑星はカイパーベルト天体(第4節参照)と呼ばれ,その後続々と発見された。1990年代後半には遠方の小惑星が見つかる度に「最遠の惑星の発見」といわれ,太陽系のサイズはその度に膨れ上がった。冥王星もカイパーベルト天体のひとつとして認定し,惑星から小惑星に移そう(小惑星番号10000という名誉ある席に)という提案もなされた。しかし冥王星を凌ぐ新天体は見つからなかったので,1999年国際天文連盟は「冥王星を惑星から外さない」ことを申し合わせた。ところが,21世紀になってから冥王星に迫るカイパーベルト天体が続々と現れてきた。ヴァルナ,クァイア,そしてセドナである。2004年3月15日「太陽系最遠の天体の発見」と報道されたセドナの推定直径は1800km,いよいよ冥王星に肉薄してきた。やはり冥王星は惑星とは別にこれら大型カイパーベルト天体とともに新グループに分類すべきで,そのグループ名としてプラネトイド(強いて訳せば準惑星)という名称も提案された。2004年の時点でいわば王手がかかったのだ。もはや時間の問題だ!

そしてついに2005年7月30日に「第十惑星の発見」というニュースが飛び込んできた。この新天体は冥王星よりも大きく,トンボーの冥王星発見以来の快挙と報道された。だれもが「ほんまかいな?」と思いつつ,天文教育研究会のメーリングリストでは毎日何本ものメールが飛び交った。2003UB313という仮符号で登録されたこの新天体の特徴は,遠くにあるには明るすぎるのだ。明るいということは表面が雪や氷で覆われ,反射率が高いのかまたはサイズが大きいことを意味する。測定にはNASAの赤外線宇宙望遠鏡スピッツァーまで引き出され,2006年2月に直径は約3000kmと発表された。ついに冥王星を凌ぐ新天体が見つかった!では質量は?幸いにも2003UB313には衛星があり,不確かながら,母惑星から地球・月の約10分の1の距離を2週間くらいで公転しているという。これより新惑星の質量が計算できる。その結果は2003UB313の質量は冥王星の0.8倍,すなわちほぼ同じ値である。もはや2003UB313を差し置いて冥王星に特別な席を与えるわけにはいかない。

3.冥王星の再出発

惑星の大きさ比べ

国際天文連合では専門家による特別委員会が結成され,冥王星の地位について2年間検討されてきた。2006年8月16日に委員会の原案がマスコミに公開されたので,以下のことはご存知の読者諸氏も多いだろう。この原案は冥王星は残留させ,さらにケレス,カロン,2003UB313をも惑星に加えるというものだった。ケレスとは火星と木星の間で公転している直径約1000kmの小惑星(1801年に最初に発見された小惑星)である。二つはともあれ,なんでカロンまで?と思ったのは筆者の他にも多数いた。しかもこの他に惑星認定を待っている候補はセドナ,クァイアなどのカイパーベルト天体やパラス,ベスタなどの小惑星など12個もあるという。これでは近い将来には惑星数は100を超え,惑星乱立時代に突入する。翌日から天文関係のメーリングリストは過熱状態に陥った。筆者もささやかなその一人だったが。国際天文連合では多数の天文学者が反対し,この案は撤回され,結局24日の総会では次のように決まった。[3][4]

「惑星は水星,金星,地球,火星,木星,土星,天王星,海王星の8つであり,冥王星,ケレス,2003UB313はdwarf planetに分類される。また,太陽の周りを公転する,衛星を除く,上記以外の他のすべての天体(小惑星,彗星など)は,Small Solar System Bodiesと総称される。冥王星は上記の定義によってdwarf planetであり,トランス・ネプチュニアン天体の新しい種族の典型例として認識する。」

この結果,冥王星は惑星ではなくなり,「第十惑星」という言葉も意味を失った。元第九惑星,冥王星に付けられた小惑星番号はなんとも中途半端な134340であった。9惑星時代は1930年~2006年で終わった。将来,太陽系内に水星なみの天体が見つかって9惑星時代に戻ることはまずない。実はケレスも1801年の発見当時は「第八惑星」といわれた。惑星といわれながら後で外されることは初めてではない。元第十惑星2003UB313には小惑星番号136199が,そして不和・争いの女神エリスの名が付けられた。「トランス・ネプチュニアン天体」とは海王星より遠方にあって太陽の周りを回る天体で,上記「カイパーベルト天体」とほぼ同じと考えてよい。なおplanetとdwarf planetをまとめて呼ぶ言葉は決められなかった。 dwarf planetやSmall Solar System Bodiesをどのような日本語に訳すのかは,現時点では未定であり,これから日本学術会議,日本天文学会,日本惑星科学会が中心となって議論が始まる。正式な訳語が決まるまでは英語をそのまま使うことになるが,この小文が出版されるころにはきちんとした日本語が決まっているだろう。筆者の属する天文教育普及研究会もこれから学校やプラネタリウムでどのように解説すべきかを早急に協議することになろう。教科書改訂は2007年度には間に合わないそうだ。

マスコミ報道ではdwarf planetの訳語として早速「矮惑星」が出回っているが,筆者は「矮」の字は差別的に使われることがほとんどなので,避けてほしいと願う。むしろ「中惑星」というほうが適切だ。惑星―中惑星―小惑星ではニュートラルすぎて面白くないけれど。

4.カイパーベルト天体

軌道要素・明るさの分布・軌道傾斜角の分布

dwarf planetに属する天体は現在のところ冥王星,ケレス,エリスの3個だが,今後カイパーベルト天体(以下KBOと略す)の中から多数上がってくるだろう。ではKBOとはどんなものなのだろうか? かつてアイルランドのエッジワース(1880-1972)とアメリカのカイパー(1905-1973)は太陽系の外縁部(そこは惑星になりそこなった小天体や周期彗星の故郷と考えられている)には氷を主成分とする小天体のベルトがあるだろうと予見していた。そこに見つかった天体を,彼らの名前をとって正確にはエッジワース・カイパーベルト天体(EKBO:マニアックな和名では「えくぼ」)という。具体的には海王星軌道より遠方にある小天体で,1992年に発見されて以来,現在では1000個余りが確認されている。その運動は地球や他の惑星のように太陽からの引力により,ある平面内で楕円軌道を描く。彼らがいつどこにいるかはPC上で容易に計算できる。図3の中心は太陽で,春分点方向をx軸,地球の軌道面(黄道面)をxy面とする座標系であり,ここでa(平均距離)e(離心率)Ω(昇交点黄経)ω(近日点引数)i(軌道傾斜角)は軌道要素と呼ばれる各天体固有の定数である。IAU小惑星リスト[5]に載っている1100個のKBO(冥王星を含めて)の軌道要素のデータを用い,統計的調査を試みた。以下はSAS Forum ユーザー会学術総会(2006年7月)および天文教育普及研究会(2006年8月)で発表したものの一部である。

絶対等級Hとは天体の明るさを表すもので値が小さいほど明るい量だが,その分布はほぼ正規分布である(図4)。しかしもっと遠くのもっと暗いKBOが見つかれば右上がりの指数分布になるかもしれない。注目すべきは3個だけ異常に明るいものがあることだ。最も明るい天体はやはりエリスで次いで冥王星であった。一方,離心率eは0から1までの数であるが,小さな値に偏っている。このことは軌道は円に近いものが多く,扁平なものは少ないということを表している。また軌道傾斜角iは0から180までの数で,この分布をy=(ax+b)exp(-x/c)という関数で近似し係数a, b, cを非線形回帰分析法で求めてみた。結果は図5に示すが,あまりいい近似式ではない。


6個のKBOの軌道

1100個の天体には重複して登録されているものがあるかもしれない。それを調べるためにa,e,i,ω,Ω についてクラスター分析を行った。すなわちこの5変数の作る5次元空間における距離を求め,小さい順に列挙していく。この方法で楕円のサイズ・扁平度・傾き・方向において非常に似通った6個の天体が見つかる。この6個の天体は同一のものが重複して登録されているのではなく,現在同じ方向に見えているだけのことらしい。図6は2006年7月26日の天王星,海王星,冥王星およびこの6個のKBOの軌道であり,6個のKBOが同じ方向に見えることがわかる。

この件については宇宙航空研究開発機構の吉川真氏より貴重なアドバイスを頂いた。厚くお礼申し上げたい。

160年にわたる懸案もこれで決着がついたようだ。ルベリエが予想し,多数の人々が捜し求めた新惑星は存在しなかった。ではローエルやトンボーの作業は無駄だったのだろうか? 彼らの観測は失敗だったのだろうか? いや筆者は決してそうとは思わない。そのおかげで無数の新天体が発見され,数十倍にも広がった太陽系の姿を知ることができるようになった。彼らはたえず夢を追い求め,死の年まで観測を続けるという逞しさを示し,屈せず諦めず努力することの尊さを私たちに教えてくれたのだ。

2006年1月,冥王星に向かって探査機ニューホライズンズが飛び立った。その目的は冥王星,カロンおよびその他のカイパーベルト天体を間近から詳しく調査することである。探査機の中には生誕100年を迎えるトンボーの遺灰が積まれているという。到着は2015年,その時私たちは新たな地平を観ることができるのだ。(上記と同じ内容の講演をKCG style 2006をはじめ,各所で5回行った。)

参考文献

[1]作花一志http://www.kcg.ac.jp/kcg/sakka/MP/pluto1.htm

[2]B. Arnett 仲野誠訳 ザ・ナインプラネッツ 惑星Xhttp://www.cgh.ed.jp/TNPJP/nineplanets/hypo.html#planetx/

[3]IAU2006総会http://www.iau2006.org/mirror/www.iau.org/iau0603/index.html

[4]アストロアーツhttp://www.astroarts.co.jp/

[5]IAU小惑星リストhttp://cfa-www.harvard.edu/iau/lists/MPLists.html


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作花 一志
Kazuyuki Sakka
  • 京都情報大学院大学教授
  • 京都大学大学院理学研究科宇宙物理学専攻博士課程修了(宇宙物理学専攻)
  • 京都大学理学博士
    専門分野は古典文学,統計解析学。
  • 元京都大学理学部・総合人間学部講師,元京都コンピュータ学院鴨川校校長,元天文教育普及研究会編集委員長。

上記の肩書・経歴等はアキューム24号発刊当時のものです。