1957年10月4日のソビエト連邦(現在のロシア)による人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げが成功したという報告は,アメリカ合衆国をはじめとする西側諸国の政府や社会に大きな衝撃や危機感を煽ることになった。これをスプートニク・ショック(Sputnik crisis)といい,このことが教育の現代化を行うきっかけになったのである[1]。当時のソビエト連邦が人工衛星打ち上げを成功させた秘訣を西側諸国が分析した。日本でも同様であった。結局,集合論とベクトル・行列を教育に取り入れることが結論づけられたようである[2]。
そのことを受けて,1971年に小学校に集合論が取り入れられて,1972年には中学校,1973年には高等学校にも集合論が導入された。また,高等学校の数学ではすでにベクトルは教えていたが,行列(行列式の計算や一次変換)も取り入れるようになった。もちろん,理科も難しくなった。同様な傾向は,西ヨーロッパ諸国でも起こり,集合論やベクトル・行列を学校教育で取り入れるようになったのである。
日本では数学や理科は極端に難しくなったのであるが,その時代は長くは続かなかった。落ちこぼれが顕在化して「つめこみ教育」批判が起こったのである。
戦前から戦後にかけて,日本では少しずつ,学習指導要領を整えてきた。科学技術立国を目指すための方策であったと思われる。付録に学習指導要領を色分けしてまとめた。戦後教育,系統的な学習,教育現代化,第一次ゆとり,第二次ゆとり,第三次ゆとり,脱ゆとりと大きく分類した。なお,学習指導要領は実施の5年前に改訂内容が発表され,検定教科書を出版する会社は3年かけて制作し,1年かけて検定結果の修正を行い,最後の5年目で営業活動を行うという段取りになっている[3]。
ゆとり教育というのはついこの10年ぐらいの間に始まったと思われているが,実際は1980年に小学校から始まったのである。小学校では算数や理科で学習項目がとてもたくさんあった。1968年度生まれの私は小5から小6になったときに算数の教科書が薄くなったのにびっくりした。
私が中学校に入学した1981年に中学校のゆとりが始まった[5]。英語が週4時間だったのが週3時間になり,英語学力の低下はだれの目にも明らかになった。このことが,補習塾が繁栄する要因を作ったのである。
そして,翌年の1982年には高等学校でもゆとり教育が始まった。その結果,高等学校卒業までに1966年度生まれは中3から4年間のゆとり,1967年度生まれは中2から5年間のゆとりだが,1968年度生まれは小6から7年間もゆとりなのである。以下,年々,ゆとり教育を受けた年数は増えていき,1974年度生まれの方は小学校1年生の時から完全にゆとり教育になる。そして学力は下がった。
それでも,1974年度生まれまでは第2次ベビーブームだったので,高校入試や大学入試が厳しく,塾のおかげで学力低下はそれほど問題にならなかったのである。
「塾のおかげ」というのは,文部科学省検定済み教科書は易しくなって,読んでもその学科が充分理解できるようなものではなく,練習問題の数も減った。当然,高校入試の問題も易しくなったが,競争が激しかったので,補習塾などでしっかりと勉強していたと思われる。
大学入試では一流大学になると浪人は当たり前だった。また,大学・短大への合格が難しかったというのは,合格率からもわかる。合格率が最も低いのは1990年で,1971年度生まれが18歳のときである。
実はゆとり教育は更に続くのである。
1980年代に入ると,コンピュータ教育をどうするかが議論になった。当時のパソコン業界はNECのPC88やPC98,シャープのMZやX68000,富士通のFM TOWNSなどのPC,東芝のIBM互換機(ダイナブックを含む),アップル社のマッキントッシュなど機種依存性の問題があり,学校教育で扱えそうになかった。そこで,高等学校では数学の中でプログラミング言語であるBASICを選択単元で扱うことになった。中学校でも技術科の選択単元でコンピュータを扱うというのはこのときに議論された。
それに加えて,学校教育週休二日制の導入である。1980年代といえば,日本経済は世界一位を謳歌したころで,諸外国からは「働きすぎ」批判を受けたため,まずは公務員から土曜日を休みにするように検討された。国立大学などは1990年度から週休二日制になったのであるが,学習指導要領で一週間あたりの授業時間数が決まっていた小中高はそんな簡単には土曜日を休みに変更することはできなかった。そこで,隔週の土曜日(第2と第4)を休みにすることになったのである。
さらに,小学校の低学年で生活科を設定し,中学校では男女問わず技術・家庭科を学び,高等学校でも家庭科を必修にすることになった。また,高等学校ではそれまでの社会科は地歴科(日本史・世界史・地理)と公民科(政治・経済,倫理,現代社会)に分かれて,世界史の必修化が行われた。
このような観点から,またもや理数の時間は必然的に減るしかなかったのである。英語(外国語)は1981年以来,時間数は減っていたので,これ以上減ることはなかったようだ。
そこで1992年に小学校で,1993年に中学校で,1994年に高等学校で更なるゆとり教育が実施された。これを「第二次ゆとり教育」と呼ぶことにしよう[6]。
1978年度生まれの方が第二次ゆとり教育の始まりであり,高等学校を卒業するのが1997年である。このころから,大学生の学力低下問題が議論され始めた。その2年後の1999年には1980年度生まれが大学へ入学するのであるが,いよいよ,「学力低下問題」が深刻になるのである。
ここでもう一度考えよう。
1978年度生まれの方は高等学校を卒業するまでに中3から4年間が第二次ゆとり教育なのである。そして1979年度生まれは中2から5年間であるが,1980年度生まれの方は小6から7年間も第二次ゆとり教育を受けているのだ。だから,学習指導要領が変化した直後の世代よりも,その2年後の世代の方が学力の落ち込みは大きいのである。
1997年の大学入学者あたりから,本格的に学力低下が見られ始めた。教育の情報化や隔週土曜日の休日化をはかるために,1992年小学校,1993年中学校,1994年高等学校で第二次ゆとり教育が断行されたのである。1978年度生まれが中3(1993年)から第二次ゆとり教育で1997年に大学に入学して来ることになるが,大学で「学力低下」が叫ばれたのはこのときからである。その後,年々学力は低下していく。そして,1999年には「分数ができない大学生」という本[7]まで出版されるに至る。ここで冷静になってほしい。1980年にゆとり教育が始まって以来,一貫して学習した内容は減っているのであるから,経年的な学力低下は,本来は予測できたはずである。しかし,だれも小・中・高と一貫して学習指導要領や教科書を検討した者はいなかったので,いつどのようにどのくらい学力が低下するのかを予想することを怠ってきたともいえる。
なお,第二次ゆとり教育では小学校では,作文,漢字,計算が重視されなくなってきた。このことは文章を書けない若者を生む結果となったことも追加しておきたい。
いよいよ第三次ゆとり教育となる。
今回からは完全週休二日制を実施することになった。そのため,またもや時間数が減った。そのうえ,総合的な学習時間という理念は立派な時間が設定された。その結果,ますます理数の時間は減るが,今回はついに国語の時間まで減ることになった。
また,高等学校ではいよいよ普通教科「情報」が必修科目として設定された。これは画期的なことである。しかし今回はこの点には触れない。
とにかく,数学・算数と理科の内容の削減はすさまじかった。よく知られるのは,小学校で円周率が3.14ではなく3と教えるというものである。これはマスコミがたたきすぎたために,教科書の方では3.14で教えても検定合格になった。また,中学校の理科ではイオンがなくなったため,高等学校「理科」の生物ではイオンという概念を一切用いて説明できないことになった。このことは科学の歪曲と捉えられた。
結局,2002年に小学校で,2002年に中学校で,2003年に高等学校で第三次ゆとり教育は断行された[8]。
1987年度生まれの方が第三次ゆとり教育の始まりであり,高等学校を卒業する2006年までの4年間が第三次ゆとり教育なのである。以下,1988年度生まれの方は第三次ゆとり教育が5年間であるが,1989年度生まれの方は第三次ゆとり教育が7年間になる。
世間では「ゆとり教育」は危ないと騒いでいるが,壊滅的なまでに系統的な知識教育は崩壊した。彼らの一期生が2006年に大学や専門学校に入学してきた。さすがに,あれほど騒がれているので,2006年に入ってきた学生はそれほど問題視されていない。だが,ここで安心してはいけない。2008年から徐々にボディーブローのように低学力効果が現れてくるはずであると筆者は2006年頃に予想していた。事実,2008年頃から急激に学力低下はひどくなっている。
本節では,第三次ゆとり教育で,何を学習していないのか個別具体的に述べたい。
2001年以来,反比例が小学校から消えた。そのため小学生は曲線的なグラフを目にしなくなった。反比例は高等学校では分数関数と呼ばれる。高等学校での分数関数の軽視はすでに1994年に現れている。ずっと数学Iで扱われてきたが,このときから数学IIIにまわり,理系の学生以外は分数関数を学ばない。数学IIIは工業高校では学ばないので,工業高校ではその影響は大きい。また,1993年以来中学校で2乗に反比例する関数(逆自乗則)がなくなり,分数関数の排除は一貫している。
1993年の中学校の第二次ゆとり教育でついに素因数分解が軽視された。この影響はどこに現れるかは大変わかりにくかった。筆者の最近の推定でようやくその全貌がわかりつつある。
まず,単純に指数を理解できなくなった。たとえば,従来であれば
8=2×2×2=23
とか
81=3×3×3×3=34
などの計算をやっていた。そこで指数の法則も身についていたようである。1993年以来,このような計算を十分にはやらないために高校で指数法則や対数をやったときに,まったくできない生徒が増えたのである。2つめに,約数や倍数の指導もなくなったので,約分や通分ができない生徒が大幅に増加して,それが原因で「分数のできない大学生」が生まれたように推定される。
小5でこれまで食塩水の濃度の計算を教えてきた。ところが2001年から突如,濃度の計算は小学校から消えて,中学校の理科からも一切消えて,高校で化学を選択した者だけが濃度の計算を知っているのである。
1989年度生まれは小5まで第二次ゆとりであるので,濃度の計算は学習している。だが,小6以後は高校で化学を選択しない限り濃度に接することはないものの,濃度の計算は習っているのである。だが,1990年度生まれはもっと深刻で,小5から第三次ゆとりが始まったので,高校で化学を選択してなければ2009年に濃度の計算法を全く知らない学生を大学や専門学校は受け入れることになる。
2006年現在,濃度の計算は義務教育の範囲ということで,公務員試験で頻繁に出題される項目であるが,将来はそうもいかないであろう。実際恐ろしいのは看護師などが濃度の計算ができないと困るのである。実際にある県の看護師の採用試験問題では20問中5問まで濃度の計算である。薬の濃度の計算ができない看護師などが増えると医療ミスの原因となる。なお,看護専門学校などでは理数教育の再編成に追われているそうである。このまま低学力が続けば我が国の医療そのものが危なくなるであろう。
ある大学では「30ー4×5=26×5」と計算してしまうそうである。単純計算教育の軽視は1992年の小学校の第二次ゆとり教育から始まっている。「詰め込み=悪」のもとで多くの学校では計算ドリルが推奨されなくなったのである。四則演算の計算ができないような人は,本来は高校に入学できないはずであるが,現実には高校入試も甘くなっているので,高校生になれてしまう。もちろん,高校で数学の点数をまともにつけると赤点になるので,高校でも勉強せずに大学生になれてしまうのである。こういう人は本来は大学に来てはいけないのであるが,こういう人も入学させないとやっていけないのが現在の大学である。
2001年から小学校から不等号が消えた。不等号の記号を見るのは中学生になってからである。いやいや,これは顔文字の記号なのである。
ここである種のモデル化をしたい。Aという知識が指導要領の改訂でn年生からn+1年生へ知識が移動したとき,その影響が出てくるのは2年後である。そこでn年生からn+k年生へ知識が移動したときにその影響が出てくるのがk+1年後である。
さて,小学校2年生から中学1年生(7年生)に5学年だけ上がるので,6年後にその影響が出てくるのである。2001年から小学校から不等号が消えたので,2007年度の中学校でその影響が本格的になるはずである。
2006年現在の中学校の教科書にはかなりの割合で「ルビ」が振られている。現場の教員の話によると,とにかく漢字がよめないので授業にならないそうである。実は,東大や京大に進学するための塾講師によると,ハイレベルな学生でさえ小学生レベルの漢字が書けないとのことである。
漢字教育の軽視は1992年の小学校の第二次ゆとり教育から始まっている。「詰め込み=悪」のもとで多くの学校では漢字ドリルが推奨されなくなったのである。その後一貫して漢字の読み書き能力は下がっている。現在,いくつかの大学(いくつかの中学校ではない)では漢字検定に取り組んでいる。もちろん,中学校でも漢字ドリルは推奨されないので大学で補うのは当然である。
しかし,ここまでレベルが落ちると識字率100%の前提が崩れるが,漢字ドリルのeラーニングはまじめに取り組まないとどうしようもないだろう。近い将来,大学・短大・専修学校では朝のショートホームルームが実現してその時間に漢字の書き取りまたは計算ドリルを行うこともありうるだろう。
PISA(Programme for International Student Assessment)とは,OECD(経済協力開発機構)参加30ヵ国が共同して国際的に開発した,15歳児を対象とする学習到達度問題(理数系の問題)による試験のことで,2000年に第1回を実施し,その後3年ごとに行われることになった。参加国は回を重ねるごとに増加し,OECD非参加国も含め2006年には57の国・地域で実施されている。日本では,高校1年生を対象とし 「読解力」,「数学的リテラシー」,「科学的リテラシー」を主要三分野として調査している。
この三分野について簡単に説明する。「読解力」とは,“書かれたテキストを理解し,利用し,熟考する能力”ということであるが,要は問題文を読み,図や表から解答を導き出すことであり,いわゆる国語の読解力とは異なる。「数学的リテラシー」とは,“数学的根拠にもとづき判断を行い,数学に携わる能力”。「科学的リテラシー」とは,“科学が関連する諸問題について証拠に基づいた結論を導き出すための科学的知識,科学的な考えを持ち,科学が関連する諸問題に,自ら進んで関わること”をいっている。
図2.「PISA平均得点の5ヵ国の推移」では5ヵ国(フィンランド,カナダ,オーストラリア,韓国,日本)についてのみ表示している。PISA2000(数字は西暦を表示している)の第一回目の成績は,日本は三分野ともトップランクにあった。図を参考にすると,この時受験した高校1年生は第二次ゆとり教育のみを受けている。3年後の PISA2003を受験した高校1年生は中学3年より第三次ゆとり教育を受けているので,平均得点は三分野において低下している。
まだ PISA2003の結果は発表されていなかったころに,筆者は恐らく PISA2000よりも平均得点は下がるだろうと予測していた。やはりその通りの結果になり, PISA2006の結果はさらに低下すると予測した。なぜなら,2006年に受験する生徒は小学校5年より第三次ゆとり教育を受けているからである。またまた,その通りの結果である。
PISA2006の結果発表を知ったマスメディアが学力低下を問題にし,騒ぎだしたので2008年,ようやく文科省がゆとり教育廃止の方向に転換した。その結果学習指導要領が変更されていないのに学校現場では教科書に掲載されていない内容などを教え始めた。どっぷりと第三次ゆとり教育を受けた生徒が受験するはずのPISA2009では若干成績は向上した。しかし依然として成績は悪いのである。
「第三次ゆとり教育」は小学校ではすでに中止されているが,一体どうやって学習内容を増やすのであろうか? 週休2日制の実施で総時間数は減っている。まさか,7時間目を導入するというような過激なことでもするのであろうか?
問題はそんなことよりも,次の学習指導要領をいつから実施するかである。教科書の検定の都合があるので実施年度は小学校で2011年度,中学校で2012年度,高校で2013年度となった。ゆとり教育がなくなるまでまだまだ気の遠くなるような話である[9]。
大雑把な予想としては,2016年度の大学や専門学校の入学者から第三次ゆとり教育の色が徐々に消えていくことになる。ということは2016年に高校卒業する方まではこのまま単純に学力は下がり続けるしかない。
2016年高校卒業者から徐々に学力が上がり出すが,10年ぐらいかかってようやく2005年高校卒業者のレベルになるだろうから,2026年ぐらいでようやく2005年並みとなる。1995年高校卒業者レベルまで戻るには更に10年はかかるはずである。こう考えると筆者が定年を迎える(60歳として)までには,筆者が大学生だったレベルに戻る可能性はきわめて低い。このような現状を直視できる人だけが高等教育機関の教員として生き残る素質を備えていると思う。
今後10年間ぐらいは,大学や専門学校でゆとり教育で身についていない学力を補うしかないのである。
最後に,専修学校京都コンピュータ学院での取り組みについて記載しておく。本学ではコンピュータに関連する学校であるため,伝統的に数学の内容はコンピュータに必要な二進数,離散数学の初歩,集合,ベクトルと行列,確率などに限定して教育している。これらの分野は,高等学校までの学習指導要領ではメインの学習項目ではないので,入学者がこれらの分野を熟知している必要性もなく,本学の中で独自に教育することができた。また,文章を書くための授業も必修科目として設定されている。昨今,就職のためのSPI試験がある。この対策のために9時~9時20分まで朝学習という制度がある。自習スタイルの問題演習である。多くの学生が積極的に参加していて,好評である。
以下の図では「学習指導要領と生まれた年度の対応」を示す。
●戦前の教育…図3.では灰色で示している。
●戦後教育…図3.では紫色で示している。
1951年度(S26)からの学習指導要領試案,高校だけは1956年度(S31)から新しい学習指導要領に更に変更される。この図ではたとえば,昭和13年度生まれの方は,小学生の間は戦前の教育で,中学1年から「1951年度(S26)からの学習指導要領試案」の授業を受けていることがわかる。
●系統的な内容…図3.では黄色で示している。
・小学校学習指導要領(昭和36年4月施行)…図ではボールドの"61"と表記している
・中学校学習指導要領(昭和37年4月施行)…図ではイタリックの"62"と表記している
・高等学校学習指導要領(昭和36年4月施行)…図では"61"と表記している
●教育の現代化…図3.ではピンク色で示している。
・小学校学習指導要領(昭和46年4月施行)…図ではボールドの"71"と表記している
・中学校学習指導要領(昭和47年4月施行)…図ではイタリックの"72"と表記している
・高等学校学習指導要領(昭和48年4月施行)…図では"73"と表記している
●第一次ゆとり…図3.では黄緑色で示している。
・小学校学習指導要領(昭和55年4月施行)…図ではボールドの"80"と表記している
・中学校学習指導要領(昭和56年4月施行)…図ではイタリックの"81"と表記している
・高等学校学習指導要領(昭和57年4月施行)…図では"82"と表記している
たとえば,昭和43年度生まれの場合は,小学校5年までは昭和46年4月施行の学習指導要領(教育の現代化)で,小学校6年から昭和55年4月施行の第一次ゆとり教育であることがわかる。
●第二次ゆとり…図3.ではうすい水色で示している。
・小学校学習指導要領(平成4年4月施行)…図ではボールドの"92"と表記している
・中学校学習指導要領(平成5年4月施行)…図ではイタリックの"93"と表記している
・高等学校学習指導要領(平成6年4月施行)…図では"94"と表記している
たとえば,昭和59年度生まれの場合は,小学校1年までは昭和55年4月施行の学習指導要領(教育の現代化)で,小学校2年から平成4年4月施行の第二次ゆとり教育であることがわかる。さらに,PISA2000の試験を受けている。
●第三次ゆとり…図3.では水色で示している。
・小学校学習指導要領(平成14年4月施行)…図ではボールドの"01"と表記している
・中学校学習指導要領(平成14年4月施行)…図ではイタリックの"02"と表記している
・高等学校学習指導要領(平成15年4月施行)…図では"03"と表記している
●脱ゆとり…図3.ではオレンジ色で示している。
・小学校学習指導要領(平成23年4月施行)…図ではボールドの"11"と表記している
・中学校学習指導要領(平成24年4月施行)…図ではイタリックの"12"と表記している
・高等学校学習指導要領(平成25年4月施行)…図では"13"と表記している
たとえば,平成11年度生まれの場合は,小学校5年までは平成14年4月施行の学習指導要領(第三次ゆとり)で,小学校6年から平成23年4月施行の脱ゆとりであることがわかる。さらに,PISA2015の試験を受けて,学力が向上するはずである。
[1]文部科学省「戦後教育改革の流れ」,
http://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/data/d002.pdf
このなかでスプートニックショックというキーワードがある。
[2]ヤグロ・ボルチャンスキーほか,阿部浩一・反町孝治・峰節子(訳)「ソビエトの新しい学校数学」,pp1-204,付録pp1-43,正高社(1977)
[3]「教科書ができるまで」(2014年12月22日に閲覧してリンクを修正)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/asj/116/2/116_2_187/_pdf
[4]教科書図書館…公益財団法人教科書研究センター付属の図書館である。一般の図書館では文部科学省検定済み教科書は開架されていないが,ここには日本の教科書・教師用指導書や世界各国の教科書があり,閲覧と複写ができる。複写は研究目的のため,大量の複写を抑制するためであろう,一枚40円かかる。所在地は東京都江東区千石1丁目9番28号である。
http://www.textbook-rc.or.jp/library/index.html
[5]第一次ゆとり教育(2014年12月22日に閲覧してリンクを修正)
・小学校学習指導要領(昭和55年4月施行)
https://www.nier.go.jp/guideline/s52e/index.htm
・中学校学習指導要領(昭和56年4月施行)
https://www.nier.go.jp/guideline/s52j/index.htm
・高等学校学習指導要領(昭和57年4月施行)
https://www.nier.go.jp/guideline/s53h/index.htm
[6]第二次ゆとり教育(2014年12月22日に閲覧してリンクを修正)
・小学校学習指導要領(平成4年4月施行)
https://www.nier.go.jp/guideline/h01e/index.htm
・中学校学習指導要領(平成5年4月施行)
https://www.nier.go.jp/guideline/h01j/index.htm
・高等学校学習指導要領(平成6年4月施行)
https://www.nier.go.jp/guideline/h01h/index.htm
[7](a)岡部恒治・西村和雄「分数ができない大学生―21世紀の日本が危ない」,pp.1-302,東洋経済新報社 (1999)
(b)岡部恒治・西村和雄「小数ができない大学生―国公立大学も学力崩壊 」,pp1-316,東洋経済新報社 (2000)
[8]第三次ゆとり教育(2014年12月22日に閲覧してリンクを修正)
・小学校学習指導要領(平成14年4月施行)
https://www.nier.go.jp/guideline/h10e/index.htm
・中学校学習指導要領(平成14年4月施行)
https://www.nier.go.jp/guideline/h10j/index.htm
・高等学校学習指導要領(平成15年4月施行)
https://www.nier.go.jp/guideline/h10h/index.htm
[9]西田弘「生きがいの持てる仕事とは」
pp.1-200,静岡学術出版(2011)