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京都情報大学院大学 武田教授 ガイナックスの挑戦

京都コンピュータ学院教員 小林 由依


柔らかい文字とデザインをあしらった「空想とアートのミュージアム 福島さくら遊学舎」の布看板
武田 康廣教授
京都情報大学院大学
武田 康廣教授

多くのアニメヒット作品を生み出している株式会社ガイナックス。そこで長らくアニメーションプロデューサーを務めたのが京都情報大学院大学の武田康廣教授です。ガイナックスでは,日本のアニメ業界の現状を変革するため東京以外の地方における拠点づくりを進めています。今回は,その試みのひとつ,福島ガイナックスを訪問するとともに,武田教授にガイナックスの挑戦の狙いなどについてお話を伺いました。


施設は福島県三春町の廃校になった中学校の校舎を活用しています

日本のアニメ業界の現状

武田教授はガイナックスの創立時(1984年)からのメンバーの一人であり,プロデューサーとしてゲーム『新世紀エヴァンゲリオン鋼鉄のガールフレンド』をはじめ,『トップをねらえ2!』や『アベノ橋魔法☆商店街』,『はなまる幼稚園』など多数の作品を手掛け,長年にわたって日本のアニメ業界の第一線に立ち歩んで来られました。

その武田教授は日本のアニメ業界の現状について次のように語ります。「現在,アニメ制作会社,放送局,大手出版社などが東京に集中しているので,アニメ制作はどうしても東京中心となりますが,東京でのアニメ業界の仕事の日常はとても大変なものです。例えば,テレビアニメで30分の番組一本を創るのに,どのぐらいの制作費がかかると思いますか。だいたい1300万円から2000万円です。毎回高級外車を買っているようなものです。そのほとんどは人件費です。現在多くのアニメ作品が制作されていますが,実はその90%が売れていません。残りの10%がいわゆるヒット作ということになります。アニメ制作会社ではその1割のヒット作で経費等を回収したうえで利益を挙げることになります。問題なのはヒットしない90%の作品に多くの人材が当てられていることです。次から次に作品を生み出さねばならないので,東京のアニメ制作の現場は疲弊していると言っても過言ではありません。東京中心で創るアニメーションにはどこか無理があります」

東京に頼らないとアニメ制作ができず,しかも東京の制作現場が疲弊しているという日本のアニメ業界の現状を変えることの必要性を武田教授は指摘します。「東京の過酷な制作現場を離れて,雰囲気を変えてもう少しゆとりをもってアニメ制作を行えないかと数年前から考えていました。実はデジタル化,ネット化などの技術革新が進むなかで,東京以外にいても,アニメ制作や情報発信を行うことが可能となってきています。そのため地方に拠点をつくって,そこで人材を育成し,そこにアニメ制作の現場を創造していくことが必要だろうと考えました」

福島ガイナックスの試み

ガイナックスが地方拠点の一つとして,東日本大震災で大きな被害を受けた福島県に2015年1月に福島ガイナックスが設立されました。福島県三春町の廃校になった中学校の校舎を活用し,「空想とアートのミュージアム 福島さくら遊学舎」という名称のもと,常設・企画展示や上映会,ワークショップなどさまざまなイベントが開催されるとともに,地元の行政や企業とタイアップしたアニメ作品を制作する場としての機能も有しています。

もともとは,同社の社長に就いた浅尾芳宣さんが福島県出身であり,その縁で福島に拠点をつくる話が持ち上がったといいます。浅尾さんは,KCGグループのTV・YouTube用CM「未来正義少女編」「京之童子乱舞編」「京都恋文疾走編」を新しい「きょこたん」を使って制作した際のガイナックス側の責任者で,KCGグループにとっても身近な方です。

浅尾さんは,被災地福島が抱える問題を次のように言います。「確かに道路や建物は復旧し,街の日常にはもはや震災の面影を探すのも難しい場所もあるくらいです。しかしながら,未だに福島の農・海産物は売り上げが伸びず,観光地への人の流れは戻ってきておりません。被災地に対する風評被害はむしろ静かに拡大し,人々の意識の中に定着してきているようにさえ思えます」原発事故に起因する風評被害は深刻であり,それを払拭するためには,「より明るい話題を作り,興味を持ってもらう事で”偏見“を吹き飛ばすようなイメージアップをしてゆくしか道はない」と浅尾さんは言います。「コンテンツ産業に携わる者にとっての本当の復興はこれからです。インフラが整備され,町や都市の機能が回復しつつある今だからこそコンテンツの持つ力で福島を,東北を変えていかなくてはならないと考えております。今,この場所,この時代でしか発信できないものを次世代の若者へ,そして,世界に向け広く発信するために今回の事業が礎となるよう”福島ガイナックス“は邁進いたします!」

東京一極集中のアニメ業界の現状を変えることと,地元雇用創出や観光拠点開発で震災復興に寄与するという大きな目的をもって福島ガイナックスはスタートしました。

アニメができるまでをスタジオで再現


企画展「映画『鉄コン筋クリート』公開10周年記念・作品展」が開催中でした

「空想とアートのミュージアム 福島さくら遊学舎」の館内は学校そのもので,入り口には下駄箱が並び,机に椅子,木のぬくもりが残る廊下や階段等,どこかしら懐かしさを感じさせます。訪問した際には,1階にある最初のコーナーでは企画展「映画『鉄コン筋クリート』公開10周年記念・作品展」が開催中で,作者の松本大洋さんからのメッセージや,台本・絵コンテを手にとって見られるコーナー,原画などが並び,遠方からのファンも多く訪れるとのことでした。また「ガイナックス流アニメ作法展」と銘打った常設展示が為されています。入口に掲げられた展示を紹介する文言が型破りで驚かされます。「ガイナックスが関東・武蔵野で活動を始めて30年。業界の諸先輩方が多大なる工夫を重ねられ,築き上げられてこられたものに,われわれはねっかえりの新参者が無駄足,無駄骨,愚かなる徒労を重ねて変形させてきたアニメの作り方,その途中経過報告がこの展示です」とガイナックス社長・山賀博之さんの名でしたためられていました。武田教授はこの常設展示の狙いを次のように述べます。「アニメがどのように作られているのか,実は一般には知られていません。アニメ関連の職種というと,アニメーターや声優をイメージする人が多いでしょうが,それ以外に企画・アイデアを生む人,脚本を書く人,撮影をする人と様々な職種があります。常設展示では,そうしたすべてを含め,ファンの皆さんの前に作品が届くまでをすべて網羅したものをお見せし,アニメという仕事を理解してもらいたいと思いました」


企画展では台本や絵コンテを手にとって見られるコーナー,原画などが並んでいました

ファンの方々が遠くからでも足を運び,メッセージをしたためていきます

入口をくぐると2度目のビックリ。等身大パネルの武田康廣教授と山賀社長がバーのカウンターらしきところに座り,酔っ払っています。武田教授はグラスを掲げ「ウン!この企画イケルで!! 俄然ファイトが湧いてきた!」と。ガイナックスの皆さんにとって,アイデアが誕生するきっかけはいつも夜。このようなお酒の席で「ヒラメキ」があるのでしょう。


常設展「ガイナックス流 アニメ作法展」の入口

等身大パネルの武田康廣教授と山賀社長がバーのカウンターらしきところに座り,酔っ払っていました

この後は,数々の会議や制作現場を経て作品が完成し,オンエア後の展開までの一連の流れを,実際に現場で使っている机や資料を使ってリアルに再現しています。ガイナックス作品の絵コンテや原稿を手にすることもできます。最後は何と「居酒屋」。赤提灯とのれんをくぐると武田教授,今度は「みんなよくやってくれた!! アリガトウ!」と頬をほんのりと染め,ビールジョッキを高々と掲げています。「打ち上げ」まで再現してしまっているところに,思わず笑いがこぼれてしまいました。


アニメは製作委員会から始まります

実際に現場で使っている机や資料を使ってリアルに再現しています。筆者も覗いてみました

筆者もシナリオ会議に参加してきました

アニメの台本や絵コンテを手にとって見ることができます

撮影の様子です

スタジオでMA

筆者も武田教授の乾杯にお付き合いしました

作品が出来上がった後,なんと居酒屋の赤提灯とのれんが…

そのほか「福島さくら遊学舎」ではアニメ作品の上映&トークショーや地元ヒーローショーなど内容盛りだくさんの「春の文化祭」,アニメ制作のワークショップなどを盛り込んだ「子ども祭り」,作家を招いての新作襖絵公開制作といったイベントを開いています。

県全域でイベント,CM放映。
「楽しさを上書きしていく」

福島ガイナックスは設立以来,被災した福島県の各地でイベントを仕掛け,県民の皆さんを笑顔にするお手伝いをしています。アニメーターが作画を直接指導する三春町での「パラパラアニメ教室」,避難指示解除準備区域に指定されている,南相馬市小高区における「オカエリ夏祭りin小高」,天栄村での「コスプレ・バレンタイン」などです。

このうち2015年8月に開催された「オカエリ夏祭りin小高2015」は,サブタイトルに「未来がおめぇを泣かすなら,そんな未来は蹴飛ばしてやっぞ」が付けられました。名作アニメ上映会,アニソンのど自慢大会,それにメインの「コスプレ盆踊り」が主な内容です。「『こんな大変なときに,ふざけたイベントをするのは非常識』との声が多かったのは事実です」と福島ガイナックスでイベントを担当したディレクターの大谷美樹さんは当時のことを打ち明けてくれました。「福島ガイナックスは,流されている風評を否定し,払拭しようと努めるのではなく,あらたに楽しさを生み出して,風評を楽しさで上書きしていくのだという方針を掲げています。それが積み重なれば,きっと未来が開けてくるはずです」と大谷さん。

大谷さん自身も福島原発に近い,いわき市在住で「家をなくし家族がバラバラ,復興の歩みは遅く,もう福島を離れようと考え始めていたころに,ガイナックスが福島に会社を作るという話が舞い込んできました」と話してくれました。今では地元・福島県に根を下ろし,復興に向けたイベントの企画・運営,アニメ制作などに忙しい日々を送っておられます。福島ガイナックスの設立目的のひとつに,「震災復興に寄与するための地元雇用創出」があります。「福島さくら遊学舎」でも多くの社員の方々が生き生きと仕事をされていました。


NHK東北と福島ガイナックスが共同制作した「大好き 東北アニメ『想いのかけら』」

一方,CMなどアニメ作品の制作も活発です。これまでに地元の銀行のCM制作などを手掛けました。「これまでアニメと言えば,テレビアニメが中心ですが,CM等それ以外の展開も考えられます。アニメーションの特質は,言葉では伝えにくいもの,わかりにくいものをわかりやすく伝えることのできる表現方法です。そうした特質を活かして,マニュアルや教材などにアニメを活かすことも考えられます。地方の拠点では,そうしたことにも挑戦したいです」と武田教授は語ります。さらには福島ガイナックスでは2016年4月にNHK東北と「大好き東北アニメ『想いのかけら』」(25分版)を完成。仮設住宅で父親と二人暮らしをしている中学生の女の子が,周囲の人たちや母親の思い出に支えられながらフィギュアスケートの練習に励む姿を東北の美しい風景とともに描いた作品で,全国放送も実現しました。武田教授は言います。「その地方でしか作れないものがあります。福島でしか作れないものを作り,それを福島から発信したいと考えています」

GAINAX京都の設立

東京一極集中のみられるアニメ業界の弊害を是正する際に,関西の果たす役割は大きいと武田教授は語ります。「もともと関西にはアニメ系の人材育成を行う教育機関も多くあり,人材確保もしやすく,放送局もいわゆるキー局が大阪にあり,出版社も京都を中心に多くあります。東京に代わり得る地域と言えば関西ということになります」そうした関西における制作拠点として,ガイナックスでは,神戸市長田区の阪神・淡路大震災の復興再開発ビルにある施設「神戸アニメストリート」に,関西の制作拠点となる新会社「GAINAX WEST(ガイナックス・ウエスト)」を設立することを決め,2016年3月に現地で会見を開いて発表しました。武田教授はこの新会社の社長に就任します。同社によると,新会社のスタッフは地元を中心に集め,2016年度内にアニメ制作スタジオを設けてイベントや物販などにも事業を広げる計画です。武田教授は,会見の際に「新長田ににぎわいを取り戻すお手伝いをしたい。神戸港やケミカルシューズなど,神戸が育んできたテーマは盛りだくさん。一緒にコラボできる方を募っている」と呼び掛けました。

さらに関西のなかでも京都は特にアニメ制作の観点から見て魅力的であると武田教授は言います。「京都は,世界中の誰でも知っています。京都という町自体が情報発信力を有しています。このブランドイメージは大きな力です。京都で何かを行おうというと,京都なら行ってみたいという人が多いです。優秀な人材が集まりやすいです」

武田教授は,京都情報大学院大学において「アニメ企画・製作・プロモーション特論」等を担当し,アニメ系人材の育成に携わっていますが,京都でアニメ制作や人材育成を行うことには,他の地域にはない優位性があると言います。「京都という町は歩いているだけで,様々な物語に出会えます。例えば四条河原町を歩いていても,新撰組や坂本龍馬の事績にぶつかります。例えば,「艦隊これくしょん」というのがありますね。女の子のキャラクターと軍艦を組み合わせたものですが,あれがなぜ受けたかというと,使われている軍艦それぞれに物語があるわけです。絵だけでは駄目で,その背後に物語があることが極めて重要なのです。京都には至る所に物語がありますので,そういう環境でアニメを制作すると,他の地域では生まれないようなものも生まれるかもしれません。言葉は悪いですが,京都でもっと遊べるのではないかと考えています」

このような京都の魅力をアニメ制作に活かすべく武田教授は,GAINAX京都を設立しました。武田教授自身が代表取締役となり,KCGグループの校舎の実習室をマンガ・アニメ関連の研究室・ゼミ室と位置付け,そこを拠点にアニメ企画,TV作品や短編,映画等の制作,原作やキャラクターの開発などの活動拠点となります。「計画では,当初30人程度のアニメーターを確保し,将来的には100人程度のアニメ制作スタジオを目指したいですね。京都には西陣織に代表されるような伝統文化がありますが,ぜひコラボレーションをしたいですね。例えば,和服にワンポイントだけアニメのキャラクターデザインを入れたりしても面白いと思います」

KCGは既にマンガ・アニメ学科やマンガ・アニメコースを開設していますが,今後学内に日本を代表するアニメ制作会社の本格的な制作スタジオができることで,学生たちは普段からアニメ制作の現場を身近に感じ,さらにはインターンシップなどにより,より実践的なアニメ制作に関する学習が可能となります。


フィギュアがズラリ並ぶ部屋は,ファンにとってたまらない空間

「図書館」にはコミック本がたくさんあり,子どもたちの人気の場所

廃材を利用した「ステカン」をキャンバスに,メッセージや絵を書くコーナー

受付近くにはガイナックスオリジナルのグッズがズラリと並び,2015年の京都国際マンガ・アニメフェア(京まふ)で販売されていたものもありました
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小林 由依
Yui Kobayashi
  • 京都コンピュータ学院教員

上記の肩書・経歴等はアキューム24号発刊当時のものです。