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Accumu Vol.20

実践WEBサイト奮闘記

竹田 明彦
京都情報大学院大学准教授

はじめに

「私は何をやっているのだろう。」自己実現という安直な言葉では表現できませんが,若者に自己実現を目指して頑張れ!と言っている割に,自分が未だに何もできていないことに気がつき,自己嫌悪に陥ります。生きること食べることに振り回され,戦後の高度成長から80年代バブルまでも経験して,今でもあまり達成感が持てない一兵卒。そんな稚拙な考えの私なぞはさっさと置き去りにされて,インターネットにより世界はとても身近になりました。BBC放送もCNN放送もインターネット経由で簡単に視聴でき,中東のドバイのホテルの内装もGoogleEarthを使えば瞬時に室内まで観ることができる。インターネットの発展でプライバシーは無くなりそうな昨今ですが,先日,とあるテレビ局の番組でアフリカ原住民の生活の様子を放送していたのが目に留まりました。それを見て「あぁ,もしかしたら彼らはコンピュータがなくても一生健康的に生きていけるのかな。」と改めて感じました。このように思うのは,眼精疲労が貯まり,サプリメントばかり摂取してロボットのような健康管理を余儀なくされ,長年机上での作業ばかりで椎間板ヘルニアになった私だけでしょうか。何のためにITがあるのか?1995年頃に「サルでもできるホームページ作成」という書物があったころ,私も本誌アキュームに「私のホームページ作り」というタイトルで文章を投稿させていただきましたが,今回もこれを機会に人生のマイルストーンとして色々と自分なりに考えてみようと思います。1995年頃に自身初製作のWEBサイト(京都コンピュータ学院)を立ち上げて以来,WEBの世界に巻き込まれ,魅了され,反駁し,苦闘してきました。好むと好まざるにかかわらず,少なくとも私の中ではWEBという言葉は人生のキーワードであることは間違いないようです。ただ,先にも書きましたが,コンピュータの存在しない世界で自然に生きる,自然と共存する彼らの生き方と私の生き方は果たしてどちらが本当に幸せなのでしょうか。ITがもたらした脅威的な情報伝播力の速さ,これは反対に情報がオーバーフローして情報量過多となりサイトを観る人々をうんざりさせ,人々を混乱と錯綜に陥らせたような気もします。ワープロという文字入力の機械が世に出て20年と少々です。驚くべき速さでIT界も進化して,人間が追いついていないのかもしれません。私は1ヶ月間にお客様への提案メールを約200個作成提出します。いや,コンピュータの進化で電子メールとコピー&ペーストを駆使して,このような膨大な数の提案を作成することが可能になったというべきでしょう。1ヶ月を20営業日として1日8時間,約50分に1個というスピード提案を数年続けて来ました。その後,商談にこぎつけて提案とプレゼンを繰り返してなんとか受注し,要件定義から設計とサイト構築,さらにシステム要員のアサインと作業指示をします。そしてプロジェクト管理と進捗・課題管理,時には製作部員不足で私自身もプログラムを組んだり経理の処理まで対応したりの日々です。打ち合わせといっても,今や,顔もよく見ずにスカイプを使って遠距離で行います。ロスアンジェルス,ホーチミン,ソウル,義烏などです。これがIT現場の実態です。時差で打ち合わせが発生するため深夜の会議もあり,私生活など在りはしない,ユビキタスは裏を返せば仕事の連絡から逃げられなくなるための拘束ツールに思えてくるし,これではうつ病になるのも分からなくはないです。1年に3万人の自殺者が出るという日本では,うつ病を引き起こしている要因の1つがコンピュータであるという考えも間違ってはいないようにも思えます。

インターネットの現場(色々な造語,略語が創られました)

「スルー力(スルーりょく)」

スルー力という言葉をご存知でしょうか。私情により京都を離れて,実践の現場で草の根のSEとしてインターネットに挑戦しようと思い立って早15年。ごく最近なのですが,テレビを見ていて気になった「スルー力」とは,インターネットなどで情報が氾濫している昨今では必要な情報は自己判断で選別し,無価値の情報に惑うことなく,しっかりと有用な情報を収集するための能力のことだそうです。。つまり,不要な情報に振り回されない能力です。1995年にインターネットの起爆剤となったWindows95が台頭していた時には,まさか「スルー力」などという言葉に悩まされるとは思ってもいませんでした。

「電子メールで(笑)の絵文字」

絵文字という新種の文字が現れたのは,携帯メールが発展した直後ですが,(笑)という絵文字をつけるのは電子メールが中心であって,不思議なことに紙の手紙にこれを書く事は無いと言ってもいいと思いますがいかがでしょうか。電子メールはコミュニケーションを取るツールとして発展しましたが,手紙のように情報伝達に1日とか2日の時間がかかるツールではなく,対面で会話しているようにリアルタイムに近い情報交換もできます。ただし,顔や表情やジェスチャー抜きで行うため「怒っている(笑)」のように表情やしぐさも同時に添えて伝えないと誤解が発生することも多いのでしょう。どうやら,それが理由でこのような一種不思議な文字が発達したのではないでしょうか。これら絵文字の進展形ではアートとして存在できるような高度なスキルで作られているものもあるようです。

「WEBデザイナーかコーダーか,明確に分れる人種」(WEBとは蜘蛛の巣という意味です)

「WEBって蜘蛛の巣という意味です。」というと,意外と知らない人が多いので,未だに私は提案の機会などに,お客様との話のきっかけに使ってみたりします。ということは差し詰め「WEBデザイナー」は「蜘蛛の巣デザイナー」という意味になるのでしょうか(笑)。

他にも,例えば「ITってイット?って何?」と私も思いました。総理大臣でさえ読み間違えられたITという言葉。「親指文化?」この表現にも本当に苦笑しました。まさか携帯を親指で操作してメールを打つ動作をもじった言葉だとは思わなかったですね。1995年頃はノートPCを喫茶店で広げると恥ずかしい時代でした。今でこそ普通に喫茶店でノートPCを広げていますが,当時は何だかちょっと開きにくくて私1人がノートPCを広げて喫茶店で作業しているのはどうも違和感がありました。その点携帯という手の中で操作できるメール送受信の機械はコンパクトさが受けたのでしょうね。また,その頃は「ドッグイヤー」という言葉もありました。意味は1年を8年に感じるほど昔にくらべて短時間に色々な処理がされるということですが(本当は幼少期以外の犬は1年に人間であたる4歳分の成長をすると言われいるので4年が正しいようですが),これも本当に面白い言葉だと思います。

暫くして聞かれるようになったのがWEBデザイナーと呼ばれる職種です。私もWEBデザイナーとの付き合いがありますが,デザイナーはフォトショップやイラストレーターしか使えない方も多く,HTML,CSSが分からない,分かろうとしない,という方が多いように思われます。

後に,絵的要素が強いデザイナーとプログラムをガリガリ作るというイメージがあるプログラマーが比較的明確に分れました。どういうわけかデザイナーは「HTMLは字がいっぱいあるから嫌だ。」など,なんだか稚拙な理由で嫌う人もいるようです。「デザイン=設計」という意味なので,どのようなツールであっても結果的にWEBサイトをデザインするということでは同じようにも思われますが,左脳と右脳の違いというのでしょうか,デザインする能力とプログラミングする能力は別の脳の領域を使う作業なのかもしれません。

「HTML→CSS→CMSへ」

「ホームページなんてCMSを使えば簡単に1人で無料でできますよ。」という時代になりました。「ネットスケープって何ですか?」と新人の技術者に言われた時は,私は驚いたような悲しいような感じがしましたが「CMSで簡単にWEBサイト製作ができるのでHTMLは要らない。」という意見には仕方がないことかなと思いました。技術は流行り廃りがあり無常で無情なところがあるようです。

実際にWEBデザインをしていると,殆どのWEB製作者はHTML言語のTABLEというタグを使うとインデントがずれこんでレイアウトがずれて「極めて使いにくい,融通がきかない。」と言っていました。ただ,これはHTMLが簡易言語である以上仕方がないことであり「WYSWYGにならないのがHTMLの特徴です。」とお客様に苦しい説明をしながらデザインをして,辛い思いをしていたデザイナーも多いと思います。この直後にCSSが生まれ,まだまだ細かいところは対応が困難にしても以前よりは格段に綿密なデザインが作成できるようになりました。

その他で製作者を泣かせた問題といえば多数ブラウザが現れてきたことでしょう。ヨーロッパではOperaが好まれ,IE以外にはFirefox,Safariなど多数のブラウザが競うように出てきました。これを追っかけるようにシステムはテンプレート化され楽天ショップのRMSなどにも代表されるようにCMS(ContentsManegementSystem)としてHTMLとCSS,JAVAscript,PHP,MySQLを基本的なパックにして,以前よりは格段に簡単にWEBサイトを作ることができるようになりました。

「SEO代行で検索エンジンのトップに載せますよ。」
という触れ込み

ポータルサイトの上位に表示される方法をポータルサイト外部から分析する。もしくは元ポータルサイト運営会社内部社員が社内にいる間に取得したサイト運営情報をもとに検索エンジン上位掲載方法を確立し「御社サイトをポータルサイトの上位に表示しますよ。」という触れ込みで収益を得ようとしている輩もあります。ただ,ポータルサイトへ掲示するためのセレクト方法は企業の個別機密情報でかつ流動的であり,積極的に外部に公開するはずは無いというのは自明の理であると考えるのが正しいのではないでしょうか。ポータルサイトに掲載するには,どうすればいいのか分からない。分からないからこそ,そこに漬け込んで「SEO対策を代行しますよ。」という輩も出てくるのは仕方ないことかもしれません。ただ,単純にHTMLにキーワードなどを埋め込んで登録するオーソドックスな方法が基礎となるだけで,ウルトラC的な方法はなく,検索サイトに存在を知ってもらえば「最適化」されて表示されるはずです。反対に大手の企業でWEBサイトを持っているところが検索エンジンに登録されていないと検索エンジン自体の信頼も失いかねないためこれらは然るべきことをやっていれば然るべき検索エンジンの場所に表示されるでしょう。唯一言えるとすれば「該当するテキストの記載が無いと載ることはない。」ということかもしれません。人口知能の機能を持つポータルサイトもあるようですが,少なくとも「みかん」と「バナナ」というテキスト記述があれば果実に関係あるサイトであることは推測できますが,実は「りんご」の専用サイトで,それを売りたいのであれば「りんご」の文字を多く書いたほうがりんごがキーワード用のサイトであることがわかりやすいはずです。

「TWITTERってCGIの掲示板ではないの?」

TWITTER ってCGI の掲示板ではないの?こう思われたのは,私だけではないのではないでしょうか。WEBの掲示板に文字数制限をしてWEBサイトにも簡単に貼り付けられるように工夫した。極端な言い方をすれば,これだけでユーザの気持ちを世界的に掴んだツールといえるかもしれません。シンプルにすることで人気が出たのでしょう。ただし,技術をかじった人間から見るとCGIで作った掲示板の延長にしか見えず「新しい技術はあまりないし,何がいいんだろう?」と思うのは私だけでしょうか。ITツールもコロンブスの卵であり,時代についていけていない自分を見つけながらも,ちょっとした変更で大ヒットする可能性があるのがIT業界でもあるのだなと,改めて思いました。

「インターネットと放送法,誹謗中傷か言論の自由か」

最近はテレビを見ない学生達が多く,20歳くらいの若者の多くはニコニコ動画などで情報収集をしているようです。これらのメディアはSNSも機能として備わっており,彼らはインターラクティブに情報交換をしてコミニュケーションを楽しんでいるようです。インターネット規制法(放送法改正案)が2010年に施行され,自由発言とも誹謗中傷とも取れる発言群は劇的に減って来ましたが,法律に規制を受けることもなく「匿名参加OK」 という環境でないと言いたいことが言えないという点も無視はできません。今や,全世界の民主化暴動の情報発信源になる可能性も秘めているインターネットです。ウィキリークスのように信頼性の高い隠匿すべき情報は,それを信じるかどうか色々な良識ある判断を個人にゆだねて発言するしかないのかもしれません。これも一種のスルー力でしょうか。

WEBプロジェクト

「SOHOで事務所の経費と通勤ラッシュ日本からなくそう」

ご存知の方も多いと思いますが,ニューヨークにはSoHoというアーティストの集まる街があります。インターネットが発展すれば自宅で作業ができるし「世界で有数の混雑する駅である東京の新宿駅の混雑も激減させることができるかもしれない。」「高い日本の事務所家賃を払わなくても仕事ができるかもしれない。」と意気込んできた私ですが,プロジェクト毎にチームを組んで遠距離の要員も管理しながらのサイト構築作業は,なかなかそううまくは行きませんでした。

多くの「プロジェクト管理」に関する書籍が本屋に陳列してある。この様子を見ただけでも,いかにプロジェクト管理が大変であり収集がつかないのかが理解できるような気がします。デザインワンというグループを組んでSOHOで仕事をし,ネットで進捗管理をするとうまく行くとも思いましたが,人間は自宅で一人で仕事をすると雑念も入りやすく,他の誘惑にも負けやすい。また,孤独で継続的な作業に飽き飽きしてきます。しっかりとした管理の仕組みや人を作って管理しないと作業品質は充分なものにはならないようです。また,人間は横で監視できる仕組みがリアルタイムでないと,「本当にやっているのかな?」という不安に陥るのもうまく行かない理由のひとつかもしれません。

「プロジェクト管理手法が日本に浸透しない理由」

WIKIにはプロジェクトの成功条件についてこう記載してあります。プロジェクトマネジメント活動が成功する条件として,1.期限内に 2.予算金額内で 3.期待レベルの技術成果の元 4.割り当て資源を有効活用して 5.顧客が満足する状態で完了する。

つまり,これらの反対がプロジェクト崩壊ということでしょう。ただ,そういう崩壊状況に陥るのは人間間の泥臭い関係に起因することが多いようです。実際のプロジェクトに携わっている時ではなく,済んでしまった後に思い返せば,「あそこはこう対応すればよかった。」「ここはこうすればよかった。」と思われるようなことばかりですが,プロジェクトの最中であれば,それも見過ごすことも多くあります。いや見過ごしたくなるもののようです。つまり,その一番苦しいことは「私は知らない,関係ない。」と言いたいし,そうしたくなるもののようです。それらの実際に経験したことの一部をここに記載して考察してみようと思います。

やはり情報共有のズレ,コミュニケーションの崩壊,人間的資質という面がプロジェクト管理手法であるWBSや課題管理とは別のところでプロジェクトに火をつけており「プロジェクトの技法」は理解しても,それ以外の部分で進捗が妨げられているのではないでしょうか。また,軍事にも使われたOR理論を民間人にあてはめて作業するのも無理があるように思います。以下にもありますように,プロジェクトの炎上は本当にちょっとしたズレから亀裂を発生させていくのではないでしょうか。

「なぜプロジェクトは炎上するか
例① プロマネの指示ブレ,それは本当に最終顧客の意志ですか?」

「五月雨式に連絡いたします=デグレと指示の指示ブレの繰り返し」ごく最近のことです。最終クライアントから受託を受けた会社からの依頼を受けました。つまり下請けです。これだけでも問題になりそうな点が容易に推定できますが,プロジェクトに下請けで参加すると,最終顧客からの指示が伝言ゲームとなり中間の業者の伝達段階で指示内容に齟齬が出てくるということも多々あります。プロマネがプロジェクト管理技法ということをまったく知らないデザイナーが担当されていたケースです。

ご本人は一生懸命で色々なシステム仕様を咀嚼して,それによって発生する作業を次々とこちらに善意で連絡してこられるのですが,1つの作業依頼の進行の途中に「あ,すいません。これもなんです。」と申し訳なく指示を出されるのです。もう,お分かりかと思います。仕様変更などがシステム製作中に発生するのは前提でシステム構築には望みますが,今回のような場合は作業指示が3回出るとすると最後の指示が最初の指示に被っていることがあり,これが一番のブレの原因となったという案件です。確認すれば済むはずと思われるかもしれませんが,電話で口頭での修正指示は記憶が曖昧になり最初からやり直し,作業担当者は何度も同じ箇所の修正を繰り返します。しかも最終的に指示系統をまとめて整理しなおすと全体で辻褄があっておらず,混乱を引き起こして作業納期が遅れたというものです。つまり「ディレクターが軽いつもりで修正し続けても,返って完成形が曖昧になり作業量も増えて納期がずれ込む」という悪循環のケースです。これらについては,指示担当者よりも職位が上位の方に決定を議事録などで証明してもらうか,会議体での合議事項をオーソライズするシナリオをしっかりと作っておくことが大切のようです。ただ,今でこそ冷静に話せますが,プロジェクトの最中ではとてもそのようなことを考える余裕はありません。三種の神器である工程表(WBS)と課題管理とTODOも億劫がらずにきっちり作成していかなければならないように思われます。ただ,実際にはそういう時間も要員もいないため,中々実現できないのが場合のほうが多いですが。

「なぜプロジェクトは炎上するか
例②一生懸命,伸びよう伸びようとする芽を刈るのを厳しさと勘違いしている管理職」

「失敗に学べ」そんな格好いいものではないようです。起こったミスを毎回のように週次の定例会で激怒するプロジェクトマネージャーがいました。「とにかく厳しく」という心情はわかりますが指示を受ける担当者側は萎縮してしまい,結局はうつ病になり。欠勤気味になる有様で,作業遅延を起こしてしまいました。「もうお客さんの定例会に出たくない。」ならまだしも「社内定例会に参加したくない。」と彼は言っていました。こういう人たちは神経性胃腸炎や,うつ病などを発病することが頻繁にあるようです。それを甘えであると言う方もいらっしゃいます。もしかしたら昨今の若者が精神的に弱くなっており,古くは自律神経失調症と言っていたもののように精神症状に感けて逃げているだけだと言われる方もおられます。ただ,パソコンに依存して運動もしない若者に,体育会系の厳しい指導をすると反発を買ったり,いじめではないにしても変に厳しくしたり不平等に思われるような態度をとると秋葉原の通り魔事件のように歪んだ形で結果が出ることもあるかもしれません。指導する側も若者は「弱くなっている」と意識して注意深く対応する必要があるのでしょうか。若者の弱体化は戦後の急成長期に「我々のような苦労は子供にはかけたくない。」という思いで優しく育てられたため「30歳になっても選挙にも行ったことのない」というような若者を育成した団塊の世代あたり責任があるといわれるかたもいらっしゃいます。実際に職場環境で,このような傲慢上司で関係が拗れた場合には,相手方よりも強靭そうな人材を配置するか,上司の上司に訴えるしかないように思います。また,病的な異常さがある場合は人事異動しか結局のところ対応策はないようです。これは本当に対処方法があればご教授いただきたいです。

「なぜプロジェクトは炎上するか 
例③WEBディレクターが自己完結できない資質である」

「メール送信=自分の仕事が終わり」ということではない。つまり,自分の仕事は完了して次の人へ作業をお願いするための連絡方法としてメールを使って問題が発生したケースです。とかく送信した方は仕事が終わった,または一段落ついたと思いがちですし思いたいものですが,そう簡単にはいかないようです。送ったメールの文章が拙すぎて意味が不明であったり,余計な指示が入っていたりすると混乱を招き反対に質問が来たりして作業が増えたりします。また,相手が読んでいない可能性もあります。送信した本人が気が付かないまま余計な作業が含まれていることもある。

例えばこのようなケースがありました。ディレクターから連絡が来ました。「○は私の方でやっておきました。あと,○のバックアップだけお願いします。」とか,「○は終了しました」というメールです。「了解しました。」とお返事をして内容をチェックしたら作業事項の中身はミスだらけ,上司からのメールなので文句も言えず,仕方なく時間外に再度同じ作業をして完成させる,ということがありました。バックアップといっても3G程度のファイルが134個もあり,ファイル転送だけで4時間程度,また,スペルチェック完了と連絡がきたので,再検査としてランダムに2‐3箇所抜粋してチェックしたら,その抜粋部分が全てミスだったので,結局は最初からすべて見直しになったというものです。こういうケースで連絡を頂いた相手がお客さんの場合は「完了しました。」という連絡を真に受けず再チェックは必ずするものと心しておく必要があるかもしれません。終わったという連絡がきたものに後処理の作業が起こるのは「メールで作業指示をしたことは証拠として残る」ということと「作業指示の文章の書き方に曖昧さが残っている場合に認識がずれてしまう」ということでしょうか。指示されて,その場で「思いつかなかった」「思いつけなかった」作業指示上の問題点を後で時間が経って発見する。その発覚時に質問をしようにも指示相手が不在であり,メールで問い返す。これらのやり取りをしているうちに,どこかで内容にズレが発生して,齟齬があるままの連絡となり,知らない間に認識の違いが発生し,誰も気が付くことないまま抜けが生じているという状況。指示をしたという証拠はメールに残るため,指示側は「達成している」はずと思い,受けた側は「○○がないからできない」などと思う。これにより作業がおかしくなります。

メールでなく口頭で交わされた会話の中で発生した場合には多少融通が利きます。指示した側は「あれ,そうだっけ。」と惚ける。または,いい意味で忘れる。そして「じゃあこうしよう。」という結論に瞬時に到達して,変なシコリを残すことなく再びコミニュケーション建て直せるかもしれません。忘れないようにと思いつきで,口頭で指示したことでさえメールで証拠として残るという新しい文化ができたために,中途半端な指示でも「メールに書いたじゃないか。何でやっていない。」と,指示した本人でさえ忘れかけていたことを再度持ち出すことができるようになりました。ただ,それは指示される側にすれば「中途半端な指示で内容が分からないから対応できない。」という読み方をしている場合もよくあります。

この,ちょっとした指示連絡でも認識がずれると,ほぼ同じ作業量のやり直しになります。また,不運にもこういう場合に限って他の要員をアサインしようにも,そんな時間は無いし人もいない。費用も無いというアンラッキーなことが重なるものです。

「なぜプロジェクトは炎上するか
例④1000万かけて作ったSNSを誰も使ってくれない」

WEBサイト企画段階の完成システムのイメージが,利用するユーザの思惑とズレることはよくあります。つまり「こういうシステムで,こういうものがあれば,ユーザは使うであろう」という想定のもとに高額な費用をかけてシステムを完成させるも,結局,誰も使ってくれないというケースです。脱サラして約1000万円をかけて新しいSNSシステムを作成しましたが,どうやってそれを販売して世の中へ浸透させるか方法もないまま製作に入り,販売促進用の費用は考えておらず,借金だけが残ってしまい「作成WEB会社に対しては恨みが残っただけです。」と言われていた方がおられました。大手の百貨店から独立して貯金でSNSを作られた方です。リスク管理を十分にして,最初は小さく作って売れる状況を確認しながら追加で拡張構築をする。これでも不十分だと思いますが少なくとも初期投資は最低限にしてユーザの反応をよくチェックしながらシステムを拡大するという方法はオーソドックスではありますが,堅実な方法ではないかと思います。

「なぜプロジェクトは炎上するか
例⑤プログラマーの逃避,外注管理は難しい」

プログラマーと言われる方にも色々といらっしゃいます。お客さんの前で平気で「それはできません。」と頻繁に発言する技術者がいました。安請け合いはしないようにと心がけるのは良い姿勢だと思いますが,ある案件で,プログラマー:「ここはiphoneではできません。」依頼者:「え!それができないと,このシステムは根源からできないんだけど・・・。」とシステム製作に入った中盤で,今更ながら平気でシステム存続の根幹にかかわることを否定して周囲をひやひやさせたプログラマーの方もおられました。これでお客様は大困惑して「損害賠償だ!」と激怒するというような態度になりました。どうなったかというと,結局「できない」と思っていたシステム部分は「できる」ということが判明し「できない」と言った技術者の「スキル不足」であることが判明しました。ただ,問題となった部分が技術的に実現できることが分かるまで調査に3週間程度のロスが発生し,お客様への納期が延びたという被害もでました。いやはや人騒がせです。スキルがあれば簡単にクリアできたことなのかなとも思いましたが,外注依頼をする場合もいろいろと面倒は起きるものです。仮に外注管理で外注担当者の資質についてのに法則があるとするならば「文句を言わない人は仕事ができるし早い,だから,また仕事が来る」「会議に遅刻などする人は納期も遅れるしルーズである,そしてお客さんからの評判が下がり,更に仕事がなくなる」こういう「良循環,悪循環の法則」があるのかもしれないと思いました。

「なぜプロジェクトは炎上するか
例⑥『デザインドラフトを出してほしい。』というデザインの流用」

デザインドラフトや提案書の作成は,日本では通常無料で作成して,お客様に提出しています。ただ,改めて考えるとデザインのラフを出すと言ってもデザイン作業をすることに変わりはないのですし,絵を描くということは1日2日という稼動時間がかかります。そして,提出後は「ありがとうございました内容は検討いたします。」という返事はもらいますが,その後は音信不通の状態になるというよくあるケースです。よく聞いてみると,WEBサイトデザインラフ提出依頼者も依頼を受けた中間業者であり,最終依頼者が居ました。そして,あたかも自社でデザインしたように流用していたようです。コンペという言葉に素直に従って無償で作成する。悪用,流用の可能性がある場合は,本当に残念ではありますが「対応しない」ことが適切かもしれません。また,どうしてもこれらに対応するしかない場合には,効果はどこまであるかわかりませんが,デザインであればウォーターマークを埋め込むとかしかコピー自由のITの世界では対応方法は少なく,後は契約で法的に縛るだけなのでしょうか。

「必死でやってよかった と歓喜にあふれたプロジェクト」

プロジェクトの話で悪いことばかり書いてきましたが,勿論,いい話もあります。提案段階で数多くの提案を提出して,やっと受注し,必死で作成したECshopのサイトがあります。サイト要件からデザイン,コンテンツの用意,デザイナーのヒアリング,設計という流れを経て,時間と技術力を賭して完成し,お客様担当者にご覧いただきました。担当の方も気に入られ,とても熱心に社長にサイトを説明していただき「社長が見て,よくできているきれいだと褒められた。」と云っていただきました。それを聞いて担当スタッフが皆,半分涙を浮かべて,「やってよかった本当によかった。」と,努力した甲斐があったと感動したことを覚えています。また,失敗して中断したプロジェクトですが,後始末まで一生懸命赤字覚悟で対応したら「一度断られたお客さんが,またお願いしたいと言ってきた。」などということもあります。世の中捨てたものではないと単純にも思ったりもします。いずれにせよプロジェクトの維持には強靭な精神力が必要なことは間違いないですし,クレームは真摯に誠実に対応するしかありません。松下幸之助曰く「私には失敗はありません。失敗は立ち止まることを言います」とのことですが,全くその通りかもしれません。失敗は止まっているということで,立ち止まらずPlanDoSeeを繰り返せば未来はあるし,これが普遍的な解決策のようです。

インターネットとビジネス

「皆さんはホームページ作っているの?」と通りがかりの人に言われた。

「皆さんはホームページ作っているの?」と通りがかりの人に言われた。これが皆で創業しようと思ったきっかけです。初のサイト製作の依頼は,仲間と一緒にホームページの話をしていたところに,会話を漏れ聞いたのか同じ喫茶店の隣席の人から,こう尋ねられました。「みなさんはホームページを作っているの?」本当に,これが始まりでした。1996年の春です。

「楽天市場?何このボタン」

楽天は東京都世田谷区から起業されたようですね。早くからインターネットに関係してきた方には,おそらく楽天市場のバナーをパソコンで見て「市場?面白そうだね,何か売っているのかな。」と思った人も多いと思います。知り合いも「楽天というネット販売するところがあるよ。」「自宅からPCでいろいろな物が買えるから便利だ。」と言っていました。利便性はあるだろうが「本当に金銭のやり取りや物流はうまく流れているのだろうか?」という一抹の不安を感じながらも注文してみたものです。「市場」(いちば)というネーミングもとても庶民的で親しみがあったことを覚えています。

「インターネットは世界規模で発展しました。でも,それを支えてきたのは技術者の熱いハートであることを。」

どうやらコンピュータ技術者は節約家が多いようです。データ設計をして合理化をし,何とかコンピュータ資源の節約しようとます。それを繰り返すうちに,いつの間にか有料にすることが「悪」ではないかという意識が芽生えてくるのではないでしょうか。例えば一世風靡した圧縮ツールであるlha(ファイル圧縮)を製作された方も無料でなく有料でネット市場に出していれば今頃は億万長者になっていたのではないかと勝手な心配をするのは私だけではなかったようです。このように技術者は善意で無償で市場に色々な便利ツールを提供してきました。それは商品として充分な品質には達成していないとしても,FFFTPなども「ファイル転送を画面化しただけなので自由に使ってください。」という親切心だけで作成されたように察せられます。ただ,ひたむきに,この技術が社会に浸透して社会の利便性を高められるならと善意で貢献されている技術の方もインターネット発展の初頭には,日本にも沢山いらっしゃったのではないかと思います。

ITの技術畑から上がってきて経営をしている人たちは金儲けが下手であると云われた時期がありました。ホームページ作成という需要が発生し,我々技術側にはそれを生活の糧にして生きていこうとしていた人がいましたが,技術者の熱いハートの一部は,ある意味踏み台にされて,結局は金儲けのうまい企業に利益をうまく取られてしまったという見方もできるはずです。また,一部の人を除き,技術者は,ここをこうすればこれだけ儲かるという勘定下手な方も多いようです。

「ファイアウォールのない官庁サイト → PKI技術へ」

インターネットが広まろうとしていた初期のころは官庁系のWEBサイトであってもセキュリティ防御が無く,また,防御すべき情報もサーバ内にアップしていることはほぼなかったようです。1997年頃はFTPのanonymousという方法で簡単に官庁サイトに侵入できたりしていました。その後,私が東京に移ったころには,まさに,次はセキュリティが着目されてくる頃でした。今でこそ個人情報の保護やファイアウォールの徹底等,さまざまなセキュリティ管理が確立され,USBメモリでさえプロジェクト室内に持ち込めない企業も多々ありますが,当時は無知とは怖いもので,メールなどスニフィングツールで簡単にテキストが読み取られたりするにもかかわらず,平気で重要事項をメールで送信していました。私は,その当時,これからはセキュリティが注目と需要を受けてくるであろうと独断し,電子政府(e-Japan)の事務局として,官庁のサイトを守るために仕事をしていました。

暫くセキュリティの仕事をして分かったことは,セキュリティは公共のものであり「ビジネスにしてはいけないのではないか?」「PKIの暗号技術などを使ったセキュリティシステムは在って然るべきであろう。」ということでした。つまり,政府などが強靭で統一されたセキュリティ一元管理統括で行うべきであり,仮に大手企業であっても,1民間の企業でセキュリティに充分に対応するには限界があるように思われます。税金を払ってもセキュアで安全な環境はネットには必要でしょう。

「数多くのバブルが崩壊して,ITバブルも崩壊,見え隠れする新資本主義?」

IT長者の代名詞といえばホリエモンという方も多いと思います。金融処理に失敗したホリエモンの会社とは,オンザエッジの頃に仕事をした覚えがあります。深夜の12時頃に仕事絡みで電話したりしました。まさかあのようなことになるとは全く想定外でした。ITなら儲かるという時代であり,80年代バブルと同じように一過性のバブルであることに気がつく。その直後に個人株主間でリバイバルで売れた本がマルクスの「CAPITALの解説書」だそうです。「なんでバブルが崩壊するのか再考したい。」金融リバレッジのような,お金の流通の狭間に便乗してピンはねする商売もあるような現代ですが,その昔のチューリップバブルに見るように「なんでこんなチューリップがそんなに高いの?自分で栽培するよ。」と思った瞬間から「何でこんな高いの?」という疑問が発生して価格は暴落する。これの繰り返し。需要と供給のバランスが崩れてバランスがとれなくなったら一方にお金が流れこむ。しかし,それは空虚なものであると気づくと一気に覚める。人々はこのような繰り返しにそろそろ飽き飽きして仕組みである資本主義を再確認してみようと興味をもつようになったのかもしれません。マルクス資本主義は矛盾があり,いつか崩壊するそうですが,そろそろその時期なのでしょうか。

「PPC(PayPerClick)」え! クリックが有料?

Yahooに掲載したいのであれば無料登録申請をすればいい。という時代がありました。そのうちビジネス用サイト申請してポータル担当者の審査後に有料で登録することになりました。そして今はクリック課金です。Yahooなどのポータルサイトのレイアウトは既に決まっていて,サイトが実際に稼動した後に無理やり宣伝枠を取ったというイメージが拭えないのがクリック課金です。公正さを出すためにポータルページの中央上,または右側の端は「広告欄」とか,わざわざ表示してあります。さらに利用者の初期費用も安くして応募を増やすため,クリック時にのみ課金が発生する仕組みが出来ました。クリックという言葉自体の意味が世間に知られてなかった時代もありましたが,今や有料になりました。本当にIT業界では技術に合わせて色々なアイディアが次々に出てくるものだと感心します。

「消滅したセカンドライフ 人はバーチャル世界に生きることができるのか?」

一時期本屋には,セカンドライフの説明本が沢山あったのですが,いつの間にか減衰してしまいました。「セカンドライフ」つまりバーチャルの世界に土地や金銭も創り出し,そこに生きて人間の生活そのものもバーチャルで実現しようとした仮想空間です。一世風靡を狙ったシステムであったようですが結局は鎮火してしまいました。人は合理化や利便性があるのでバーチャルを利用するが,そこに生きるというのは難しいということのように思います。今やアメーバピグでバーチャルの部屋があり,その中に自分の別人格を育成して生きようとしている若者も多数居るようですが,人はバーチャルだけでは生きられないのではないでしょうか。リア充という新語にもあるようにバーチャルでの人格は別ものであり,共存しても主体はあくまで現実世界にということであればバーチャルとリアルの融合点はすでに見出されているが,この2つをある意味逆転させることは難しい。アバターが嫌いだとか,使いにくいという事由意外に,ここにこのビジネスの勘違いがあったように思われます。

「1時間で1000万の収益のビジネス」

クリス・アンダーソンの著書「フリー」に記載されていますが,GREEなどゲーム会社はどこも同じビジネスロジックを使っているようです。つまり最初は無料で興味をわかせて興味が定着するころに高価なアイテムを有料で販売して年商数十億にする。この方法は膨大な収益を一瞬で生みだすという可能性を秘めています。例えば「○○商品は本日1時まで50円」として売り出すと「たった50円?」という思いも生じてくると思いますが,仮に100万人がアクセスするサイトであれば,100万人のうち1/3が購入するとしても約1500万円の売り上げが,ほんの数分で発生する可能性があります。それは携帯であってもスマフォであっても1回クリックするだけです。これがインターネットという安価ツールを使って簡単にしかもワールドワイドに展開できるとすれば,これ以上,効率的な販売ルートは当分発生しないように思われます。

「オタクとコミックとコスプレ(インターネットビジネスは共感意識とアニメ系)」

「彼氏にするならオタクの人がいい。私にはそういう人が合っている」というWEBデザイナーの女性がいました。オタクはアナログプログラマーツルタさんの「お宅」から発生した言葉らしいですが,オタクという文化はもはや市民権どころか欧州への漫画の浸透とともに一大ムーブメントとなり,フランス人でもオタクという言葉が理解できるまでになりました。その聖地は「秋葉原」と「中野」であるそうですが,ここでもコミュニケーションがキーワードになっている感は否めないかもしれません。オタクにはレイヤーという人たちがいます。コスプレをしてお互いに写真を撮り合ううちに会話が発生し,共通の話題で共感を得て幸福感を感じる。そんなに仰々しいものではないにしても,コミックにしてもゲームの対戦型にしても,やはり共感意識,仲間意識の上に広まっているように思われます。

日本のアニメは世界的に有名になりました。声優の知人が「アニメだったら男でも女でも冷蔵庫にでもなれる。」という奇抜な発想をしていたことには驚かされました。自由な空間,ファンタジー空間と,それのベースにあるのは共感意識,これがGREEやらDeNAやらの若者とゲームとSNSの根底にあるものでしょう。これらを鑑みてみると,メディアの1つとして確立したインターネットを活用したビジネスの特徴はワールドワイドでインターラクティブです。その基にある人間関係をうまく操れば大ヒット,ひとつ間違ったらサイバーウォーのように世界的に敵対心を助長するためのツールになるかもしれません。

これからのインターネット考察

「情報自由化ツールで民主化し,そして混乱へ(インターネットで直接民主制ができるか?)」

リビアのカダフィ大佐の事件はセンセーショナルでした。中東の「強権」であり「狂犬」とよばれた人物は,その昔,強国の立国に貢献した人物として台頭し,人間であれば誰でも陥りそうな自己陶酔と自惚れによるファシズムに走り,結局は崩壊する。その引き金の一つとして情報連絡に一役買ったFacebookが注目されましたが,これで真の民主化になったのでしょうか。

反対の例として,ギリシャを考えてみたいと思います。首相がリーダーシップを振るって国民を牽引できないので民意を問い,民意に任せようとした国民投票のようですが,国民投票でギリシャの国家方針を決めるのは最初からナンセンスなので実行困難なことは用意に推測できました。やはり経験者と有識者の意見をよく取り込んで判断する必要があったからでしょう。政治もひとつのプロの業界と考えれば,その道のプロの意見を十分取り込んで指針を出して,その結果指針について国民に真価を問うならまだしも,丸投げの国民投票というのは,ただ混乱を誘発するだけで知識経験の少ない方々(少なくて当たり前ですが)の多数決を取ったところで,それで決まった方針はとても危険なものであるとも言えるでしょう。

ここで問いたいのですが,リビアではFacebookが活用されましたが,なぜギリシャではITを使わなかったのかということです。例えば国民投票です。ITを使えば数千万程度であれば同時に投票できます。これを有効活用するということは出来たように思います。民意を問う「国民全員に問う」ということは信頼度が高いかどうかは別にしても,ITを使えば一瞬にして結果を出せます。こういう有効活用はぜひ実施すべきであろうと思います。インターネットはその性質上OPENの方向です。自由で高速で平等な伝達仕組みを使って全て公開すれば「不備」「不徳」なものも露呈して世間の審判が下ります。その後はカオスになる危機も秘めているかもしれません。ただ,例えば行政刷新会議は「節約促進」のための情報公開ですが,あくまで節約であって将来のビジョンの確立の検討ではありません。私が言いたいのは,今後は例えばOPENにすることで前向きなビジョンを生み出す何かを検討する。そういう建設的なツールとしてITを使うことがもっと必要ではないかということです。

「なぜ日本のIT技術力は下がったのか」
クラウドの流行で再び繰り返す歴史(分散と集中を繰り返すコンピュータの歴史)

温故知新ですが,過去にTSS(タイムシェアリングシステム)の集中管理の時代がありました。つまり強力で高速なCPUを中央に設置して利用者全員使おうという汎用機集中管理の時代です。その後,集中過多になり,ダウンサイズとPCへの移行でコンピュータシステムは安価で分散管理へと流れが移行しました。つまり,クラウドは別の意味で再度集中する方向に動いてデータ管理をする。且つ,中央の強力なパワーを使うということを意味するならば同じようなことを,また繰り返しているのかもしれないと思います。一極集中は,一部の分野は,いつかまた分散管理に流れるでしょう。例えばセキュリティ管理も分散しないと安全性の確保が困難なため分散の方向に行くのではないでしょうか。技術者たちは技術革新に追われ,新しい技術の習得に苦労し,変化の激しさに悲鳴を上げます。ただ,それは「新しい仕事に就ける」「新しいシステムやアイディアを実現できる」という夢にも溢れていましたし,同時に「新技術をマスターしないと職にも就けなくなる」という危機も含んでいました。COBOLのプログラマーは,もはや仕事がない。または旧式の汎用機のシステムを移すに移せないほど業務が複雑化した職場にしか生きられないという状況に陥ります。時代はスマフォになりC言語,JAVA言語,PHP言語が中心です。ただ,CMSなどというパッケージ化されたシステムテンプレートがあるため,スクラッチでゼロから作成する必要もなくなりました。CMSの根本の技術であるプログラミングなどは非常に細かくて面倒臭い作業なので,現代の若者はそれを嫌います。

また,プログラマーは「人間的に変わっている人が多い」という偏った考え方もあってプログラミングからはどんどん人が離れていったように思います。若者離れが多いからといって高齢化の日本に高齢者のプログラマーを育成しようとしても,その複雑で緻密な作業に興味を持つどころか面倒がる方の方が多いためシステムの製作は海外の安い賃金の技術者に任せてサイト自体のディレクション作業だけに終始する。ディレクションといっても技術者が通常通る育成ルートであるプログラマーからSEという経験を経てからプロマネやWEBディレクターに成っていない方も多いようです。ただそれでも充分に事業は成立する。これではITの真の技術力が伸びることはなく,また伸ばす必要もなくなり,技術力は流出と空洞化し「IT研修などやらなくていいので外部外注に依頼すればいい。」こういう風潮が,ますます技術を本当に覚えようというモチベーションを下げてIT立国の技術力を減少させた原因になったのではないでしょうか?

「国力低下,格差社会の原因はIT業界にもある。人材派遣業つまりピンハネ業」

「格差社会」,嫌な言葉ですね。小学生が運動会で全員が一列に並んでゴールするのを良しとする徒競走もどうかと思いますが,労働者のセーフネットを,まだ,しっかりと確立できない日本では,労働者はホームレスになる危機感をいつも持ちながら必死で生きなければならない状況にあります。大阪都構想のように目的をもってもっと人生を進めて行くというのは重要なことです。ただ,そんなマクロな目標など「こっちにゃ関係ない。」がごとく,とにかく収益を上げたいがためイージーなピンはね業ばかりの社会に一時なりました。派遣労働者の規制緩和以降,地道に技術を習得して力をつけるよりも力のある技術者を雇って紹介することで紹介料を継続的に収益にするという中間搾取業が流行しました。IT業界では以前から自社の技術者を「常駐」という形でお得意様先に行かせるということはしていましたが,研修もしっかりやって確実な技術をつけて育成するということも忘れずにやっていました。しかし近年の規制緩和直後の人材派遣業は,まずはスキルのある人材を獲得して常駐に出して中間搾取をするということばかりやって成功しています。技術をつけて数年かけてプログラムからシステム設計まで経験し,充分にマスターしてから実践に臨むという育成計画にはならず,技術のある人を雇って他の大手企業に出向させて,プロジェクトが終わったら「さようなら」する。こういう安直な人材派遣と派遣切りのピンハネ業だらけになった時期が数年前にありました。これでは基本的な国力は上がらないでしょう。今は多少改善されたとはいえ,日本の底力を本質的に崩しました。海外のIT力に負けないためにも各自各社が意識して国として人材育成目標もしっかりと打ち立てて実力を磨くというのが大事ではないでしょうか。

「それでもあなたはYahoo Japanですか」

最近やっと肌で国際化やワールドワイドを感じることができるようになったと思われませんでしょうか。そんな中で日本人のネット利用者の最もよくないことは,言わずもがな日本語で日本のサイトしか見ないところではないでしょうか。無論,帰国子女の方など多数の外国在住経験者がおられるので必ずしもすべてが日本語サイトを見ているとは言えませんが,英語教育に失敗したといわれる戦後日本教育では日本人義務教育を受けて成人しても英語が話せない。これは今更ながら国際化にとても大きな壁になりそうです。インターネットのもっとも特徴的なこととしては,言わずもがな法律や宗教を超え,世界の数十億の人たちに即刻情報発信ができるということです。これは本当にすばらしいことであり革命でした。そして,これが始まった1995年以降,IT啓蒙活動も進み,光で高速通信もできるようになったにもかかわらず多くの日本人は英語圏のサイトを「見ない」「読めない」という現実があります。そして,未だに日本人の検索は日本語のポータルサイトである○○.jpというドメインであるという事実があります。これからは,と言いますか既に遅い感もありますが,楽天が社内語を英語にしたように英語圏など外国語圏を本気で意識していくことが重要なことであり,高齢化で保守的なお金持ちになった日本人の意識改革の必要性はここにもあるように思われます。Yahoo.comを普通に英語で見たいものです。

「尖閣問題で中国が,エシュロンのシギントで米国が・・・」

「サイバーウォー」,恐ろしい言葉ですね。インターネットによるリークはWIKIリークのように積極的に公開する必要があるのかと疑われているものも,そうでないものも公開自由にしました。それにより今まで見られなかった,見たくなかったことが瞬時に簡単にわかってしまいます。尖閣問題はYouTubeへのリークで日本と中国の陰の関係の一部が露呈されました。それは日本の若者にも,「こんな過去があったのか」「本当なのか」と物議を醸し出したという面で意義があることではないでしょうか。また,中東,欧州,アジアなど,「こんなに色々な世界の文化,宗教がそれぞれの国にあるのか。」など,やっと肌で身近に情報を感じるようになる時代が来ました。長期にわたるイラク戦争,中国で交通事故に遭ったにもかかわらず見捨てられているように見える幼児の動画。理不尽な民主化運動へ抑圧と幽閉等が本当にまかり通っているのかと考えさせられました。エシュロンのレーダー基地と思われるものが日本の青森に実際に在る。一部の方は承知のことだったでしょうがGoogleEarthで,こうアカラサマに地図上に見えてしまうと「情報の傍受」「サイバーウォー」は他人事ではないのかなと本当に思ってしまいます。過去は変えられないので反省と改善を繰り返すしかなく,日本人も本当に近くなった各国の文化や宗教などにも徐々に慣れていかなければならないと思います。本当に情報公開は人の良い部分も悪い部分も全て露呈してしまいます。

「Stay Hungry and Keep On Moving」

本当の国際化は始まったばかりと思いたいです。亡くなられたスティーブ・ジョブズの「ステイハングリー」という言葉は私の心から消えません。生活に充分満たされてコンピュータに興味がなく,老いて隠居して平穏に暮らせればいいという選択肢を選ぶか,老いても色々探究する生きがいを選ぶか。スティーブのスタンフォード大学での名講演で使われた「ハングリー」という言葉は,勿論,年齢に依存しているような言い回しには聞こえなかったので「歳を取っても探究心を持ち続けろ!」ということでしょう。目標を持たないで生きるのは生きるとは言わず,ちょっとずつ死んでいると言うそうです。マルクス曰く,資本主義の社会では,人々はその資本主義社会の中で成功しようとすると記載されているようですが,自分のためではないことであっても,さまざまな実践により誉れを得ることにも充実感は持てると思います。

思い描いていた未来がやってきました。腕時計サイズでテレビが見られるという夢は昭和中期の未来漫画にありました。iPSを使えば,もしかしたら不老不死の薬が当たり前のようにできる時代がくるかもしれません。昨年は震災がありました。震災で突然,この世から離れざるを得なくなられた方もいらっしゃいます。文頭に書いたように何も実現できていない自分がいますが,それを嘆くより,何ができるかをしっかりと見据えて一歩一歩しっかりと大地を踏みしめて悠然と生きたいものです。格差社会の是正をしないと大動脈を流れる赤血球,白血球,リンパである貨幣が滞り,資本主義は終焉が来るなどというネガティブ思考もある中,ブータンのようにGNHが上がれば幸せという国もあります。IT開国は今始まったばかりです。デジタルデバイドでIT離れをして諦める側になるよりも,そうでない方が,少なくとも私は充実感を持てそうです。

最後に,2011年3月11日 私も東京で震災に遭い,徒歩でその日は帰宅しました。この度の地震により被災された皆さまに,心からお見舞い申し上げます。1日も早く復旧されますよう心からお祈り申し上げます。

(続 私のホームページ制作 1995年アキューム)

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竹田 明彦
Akihiko Takeda
  • 京都情報大学院大学准教授。
  • 日本大学大学院生物資源科学研究科獣医学研究科修了。
  • 元京都コンピュータ学院情報システム室室長。
  • 元コンピュータテクノロジー(日立子会社)証券会社SE。
  • 元東京インターネットSE。
  • 元電子政府プロジェクト参画要員。

上記の肩書・経歴等はアキューム20号発刊当時のものです。