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Accumu 日本初「コンピュータ博物館」構想―第二章―

コンピュータ実博物館への期待─夢の実現に向けて─

一般社団法人

情報処理学会

歴史特別委員会委員長

発田 弘

財団法人設立し保存を 支援,協力呼び掛け

発田 弘

我が国におけるコンピュータ発達の歴史は50年以上昔にまでさかのぼることができる。この間にパラメトロンの発明や商用コンピュータのトランジスタ化での先行,そして近年では地球シミュレータなどコンピュータの発展に数々の貢献をなしとげ,世界に誇れる技術的成果が多数ある。因みに,情報処理学会のホームページ上のバーチャルなコンピュータ博物館には我が国の過去の研究成果や重要な製品などコンピュータ関係の写真や記事が掲載されておりその史料点数は2000点,アクセスは月に10万件に達する。しかしながら,ここに掲載されている史料のほとんどは現存しておらず,かろうじて残存しているものも日に日に失われている。これでは実物を見たいという要望に応えられないし,実物を見たときに感じるであろう感激もない。

こうした状況からコンピュータに特化した実博物館の必要性を痛感し,情報処理学会としての提言や各方面へのはたらきかけなどをやってきたが未だ実現の見通しは立っていない。そこで,何か出来ることはないかと検討した結果,情報処理技術遺産と分散コンピュータ博物館の認定制度をはじめた。これによって史料保存にご努力いただいている方々へ敬意を表し,技術遺産保存への世の中一般の関心も高めて,実博物館が実現したときに展示物が無いような事態だけは避けたいと考えている。

一方,欧米は自国の技術遺産の保存に熱心に取り組んでおり,コンピュータに特化した立派な博物館も出来ている。たとえば米国シリコンバレーにある大規模なコンピュータ歴史博物館ではENIAC 以来のコンピュータ発展の歴史的遺産をスーパーコンピュータからパーソナルコンピュータまで系統的に展示しており,中には日本の古い貴重なコンピュータまである。また,単に保存,展示するだけでなく,若い世代のコンピュータの教育に積極的な活用を図っている。

こうした実態を見るにつけ,我が国にもコンピュータの実博物館が欲しいという想いは強くなるばかりであるが,博物館というと「ハコモノ」という認識の人が多くて博物館の必要性をなかなか理解してもらえない。博物館は単なる懐古趣味ではなく,次のような効用があると考える。

・実物を見ることで夫々の時代で技術課題に挑戦した先人の創意工夫を知ることができ,研究者,技術者の抱える問題の解決に新しい視点を与えることができる。いわゆる温故知新である。

・現在の装置は微細化されてその動作の様子などが見えないが,昔の装置は構造・機能がシンプルでサイズも大きく動作原理が良くわかるので教育史料として有用である。子供達の興味の対象にもなり,理科離れ解消に少しでも役立つであろう。

・それぞれの時代の製造技術レベルを超えるための工夫や拘りが理解でき,我が国のモノ造り大国としての歴史を実感できる。これは我が国製造業の復活へのひとつの原動力となろう。

・コンピュータの黎明期に商用コンピュータを開発,ビジネス化できたのは欧米と日本だけであり,その輝かしい歴史を次の世代の研究者,技術者の自信へとつなげられよう。

・コンピュータは今や社会の基盤であり,その発展の歴史と動作原理・技術などを正しく理解させることは若い世代に不可欠な教育であり,その総合的な教育の場として効果的である。

我が国でも規模は小さいながら保存の努力をしていただいている組織がある。その中でも京都コンピュータ学院のKCG資料館は屈指の規模,内容を持っており,情報処理学会の分散コンピュータ博物館にも認定されている。また,京都駅前という立地条件も最高であり,これをコンピュータ実博物館として整備して一般公開しようという計画はまことに喜ばしい限りである。現在の経済状況からして実現までには多くの困難があるとは思うが一日も早い「夢」の実現を期待し,そのために情報処理学会としても出来る限りの協力をしたいと考える。

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発田 弘
Hatta Hiroshi
  • 東京大学工学部電子工学科卒。
  • 1963 年に日本電気株式会社入社。理事・支配人を務める。
  • 2002年6月に沖電気株式会社に入社し理事に就任,現在に至る。
  • 情報処理学会では,各種委員・理事・監事を経て,1999~2000年度副会長。2003年11月に歴史特別委員会委員となり,2006年2月から同委員会委員長を務めている。

上記の肩書・経歴等はアキューム19号発刊当時のものです。